おかえりなさい  

泣きたくなったらおうちへ帰ろう。

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時間つぶし

子供たちや夫を送り出して
しばらくぶりの一人時間を得た。

やることはいっぱいあるのだけれど
「今しかない」自分で気持ちを急かす。

後回しにしていた〝楽しみ"があるはずだったんだけど
暇になって、絶対にしようと思っていたことが
山のようにあるはず・・・

そうなんだけれど・・
いつもの習慣は怖いね。

やっぱりするべきこと
台所まわりをかたずけ、昨日の土砂降りの後始末、
明日、明後日の予定の準備

したいことは、結局、家事なんじゃないかと錯覚しそうになってる。

それでも、一人で次々と作業しながら
なんだか
もてあましてる感があるのは、なんででしょう。

今年は1月あたりから
早朝、空港にいく仕事をひきうけていて、7時には家を出ていき

5月にはいると、そのうえに
別の臨時のアルバイト(10日間)を午後までつとめ

夕方から
スーパーの仕事をおえて帰宅が23時まえ。

ダブルワークどことかトリプルワークで、家事はずいぶんとサボってました。


ようやく午前中のひとりの時間を取り戻したんだけど
またしばらくしたら
失われていくという心配や焦り。

なんだか疲れすぎているね。
何もしないでいると
悪いことしているような罪悪感。

うん。
疲れかな。





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  1. 2014/05/27(火) 10:32:02|
  2. 楽我記|
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母の入院

妹のうちに、身を寄せていた母が
貧血が激しいと言うので

県病院で検査をした。

多発性骨髄腫・・・と診断を受けた。

妹からのメールで
しかも母も告知を受けたと聞き
その心情を想い、
いろんな感情が浮かんでは、消える・・・
余命1年。


4月1日入院

2日に仕事が休みで駆けつけたが、一回り小さくなった母が
痛みのせいか

額に二本のたてじわをつくり
言葉も少なく

わたしの日常に気を使う

うちはいいのか
仕事はいいのか
子供はいいのか

お金はあるか

ご飯はたべたか


老化と死を前にした私たちは
本当に無力で

冷静に対処し演じてはいるが、
娘として、
今は何が最善かと、問いかける


孫たちが優しい言葉をかけてくれるといって
ポロポロと
涙を流す母が

この先闘っていく痛みを想像すると
胸がつまる思いがした


3週間の抗がん治療の後
果たして

日常に戻るのだろうか

別の病院を探し、一層衰えていくのか・・・


そんなこと考えながら高速を100km飛ばして

今日の職場へ帰った。

  1. 2013/04/05(金) 01:37:15|
  2. 介護|
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目撃

よく行く近所のコンビニで用事をすませ

大通りに出ようとしたところで、渋滞の車のすき間を(°°;)伺っていた。

目の前に止まった車を運転する可愛らしいお嬢さんが、

スパスパとおやじみたいに吸っていた煙草の煙を

窓を大きく開けて、そとに吐き出す。

お=お=

青信号に代わり、ちょっと慌てて

発進と共に、ポイ

そして走り去った車のナンバーを何気に見た私。



「煙草のポイ捨て」に対する私の反応は、家族全員の知るところ

追いかけていって、注意したい位の悪寒が走る

・・・・・できないがせめてナンバーを見てしまう



ナンバーをみて、アレ?まさかね?イヤイヤ、うそやん。

わすれることにしようか。

こんな土曜日の早朝に。

20代の頃、私の親友も、運転中にスパスパ片手運転してた・・・かっこつけてさ。

若い頃があって、今があることは

充分承知。

誰だって、後悔するようなこと、一度や二度はあるに違いない。


いろいろ、打ち消そうとする自分と一問一答。


起きてきた息子のご機嫌がよろしいのをみつつ

「ねえ、あの娘の車ってナンバー●●?」とおそるおそる聞く母



最近、よく来る女の子。保育園の先生らしい。

挨拶も良いし、可愛らしい方で、しばらく黙ってみていた感じの良い子。


母も、まあまあ納得していた(何をと聞かれると、なんだかわからん)


「何をみたか」としつこい息子に話すと

「お母さんって・・・そういうありえない場面に遭遇するよね~まさに神がかり的

「そういうの、やめようって話すわ。」


母の基準を否定しなかった息子を、よし、としよう。

そして自分もしてる可能性を含め、早く大人になれ、と思う。

きっと息子も言えないだろう、彼女がもう少し社会人として成長することを信じてみよう。









  1. 2012/11/24(土) 11:22:45|
  2. 「学校すかん」長男|
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忙殺の年

11月もはや後半に入って
そろそろ広告にお節の宣伝が入るようになった。

早い一年だった。


1月に親友が亡くなってから

3月、4月とたてつづけに事故や知人の訃報があり

5月に伯父の入院、叔母の施設入居

そして9月に義母が亡くなり、夫が発病した。

私の臨時職が8月で終わり

10月、夫の退職

11月、義父の入院、別の病院の通院の毎日。


振り返ると、どうやって生きてきたかと思うほど気ぜわしい日々。

ようやく父も以前のように月に一度の診察と
別の病院の、2週間に一度の診察・・・という許可になり

我が家は静かな一日が繰り返されることになった。


それでいいはずは無い。

収入源が、無くなっているんだから何とかしなくちゃ。

何とか。


そう思いながら、

数枚の履歴書を書き、車のボックスに忍ばせ


いつまでたっても心の中で「青信号」にならない日。


息子だけが、坦々と日常を暮らしながら

次男が、坦々と通学しながら


父と母は

おるときは一歩もうちから出ないでいる。


薬の影響下で、こんこんと眠り続ける夫と

日当たりを求めて、私たちの部屋で暖をとる義父がいて

気を使いながらうちにいる自分が、なんだか疲れている。


  1. 2012/11/21(水) 10:23:32|
  2. 楽我記|
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呼び名

新婚時代は、苗字にさんづけで呼んでいた名前も

子供が生まれたらいつの間にか「お父さん」へと変わる。

子供の目線でお互いに

「お父さん」「お母さん」とよびながら


そうやって何十年も過ごして来ると

私はいつのまにか夫の母親役になっている。


初めて夫が私を「お母さ~ん!!」と言った日は


娘をお風呂から上げるときだったかな・・・・


若く、元気で、人生の荒波もまだ遠かった頃。


このままではそのうち

お互いを

「じいちゃん」「ばあちゃん」と呼ぶようになるのかな・・・なんて。


今更だけど名前でよぼうか、と提案すると


聞いていた次男がニヤリと笑う


学生時代から私の呼び名は「姓の呼び捨て」で体育会系。


ためしに夫を名前で○○さんと呼んだら


「ハイハイ・・○○子さん。」と返事した。





せめて、さっちゃんとか、えっちゃんとか、じゅんちゃんとか、ならいいんだけどなぁ





  1. 2012/10/05(金) 04:56:02|
  2. 楽我記|
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