おかえりなさい  

泣きたくなったらおうちへ帰ろう。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

リンクする母親像

兄が肺炎で入院して、77歳になる母が毎日通って付き添っているらしい。
送り迎えは、近くに住む妹。
大変な過密スケジュールのなか、母の要望に振り回されている。

私が病院につくと、景色の良い病室にぽつんと母が座っていた。
4階の窓から、ヘルスセンターが見えた。

そこの温泉には、母が時々通っていて、友達もいる事を聞いていたので
「朝から、何時間も病室にいないでついでに温泉に行ってきたら・・」と勧めてみた。

兄は熱も下がり、一人で食事も、トイレも行ける。薬も飲めるし、知的障害があるとはいえ、看護婦さんの質問に答えられるほどだ。
自分でインシュリン注射をきちんと管理して打っているほど、日常生活は問題はない。

母はそれでもこう言う。
「息子が入院してるのに、遊ぶわけには行かんわ。まあ、あん人は子供ほったらかして温泉に来ちょったわ・・ていう人もおるわ。」
そういって、妹が迎えに来るまで、お弁当持参で、ただ一日座っている。
小さくなって、しわも深くなり、背中も曲がり始めた。
おそらく温泉にいったって、誰も責めやしない。

母にとって53歳の息子は、死ぬまで幼い息子なんだろう。
いつまで手を焼いても誰からも非難されない“傷害を持つ子”である。
少しづつ親離れする時期があるはずも、母は自分からは離さなかった。

母は“兄の良き母親”の仕事をずっと行い続けるだろう。
兄がお世話になる方たちには、繰り返し繰り返し頭を下げる。
将来、息子が生きていける道を備える・・のではなく息子の前を歩いていた。
無償の愛情を注ぎ、とことん身を粉にしてつくす。
自転車・グローブ・洋服・学用品・流行の靴・・成長と共に、普通の子が持つ物を先に先に与えていた。
(サプライズなプレゼントは兄の物で、私は申請制?笑)
兄は充分な愛情のなかで
障害として現われる事以外には、社会的に問題あるような行動のない
素直な正直な少年のまま、母と共に、年を重ねていった。


うがった見方をすれば、世間の目は昔、障害者をもつ母の牛追い棒になったと思う。
昔は、そんな世間の目が良い意味にも悪い意味にも、人を制していた。
「人に迷惑をかける事」は親の恥だった。
息子の将来を心配する父と母・・・母の息子に対する世話を横目に父もまた、無言で母の気の済むようにさせていた。

いつまでも自分だけが守れると信じている。
息子の妹達夫婦には迷惑もかけない、全部自分で引き受けようとしている。
もちろんそれぞれの家庭もあるから・・・でしょうが。

しかし、当然の話だが、皆、同じづつ年を取り、母に限界が見え始めた。
それでも母は、「兄の母親業」をまっとうしようとして、奮闘している。




話は変わるが、新婚の時
夫の母が遊びに来て、飾ってある二人のドライブの写真を見て言った。

「どこに遊びに行っても必ず、行き先などを教えていてくれないと
(車で3時間の距離に住んでいた)
もし、事故にでもあって、親がどこに何しに行ってたか知らない・・って言うんじゃ、○○家の恥になる。」

はあ?

早くから親離れをし、なんでも自由にしていた環境で育った私には目がテンだったのは言うまでもない。
日常生活を報告する距離ではない、と私は判断していたし、親に世話をかけず、何でも切り盛りする事が私の親孝行像だった。
姑はそうではなかったらしい。
一人息子が家庭を持つ、もちろん、寂しさもあっただろう。

「どこの誰が、行き先を知らなかった親を指差すだろうか。監督不行き届きと世間が見る事が、行動の指針になるんだろうか」・・・と若かった私は理解できなかった。

古き時代はそうやって、母親のなすべき事を、無言で要求し、日本の母親はかくあるべきだという一般的な姿を描いてきたんだろうか。

子供が幼い頃は、分からなかった事を、新しい事を今、経験している。

子供の責任を「負いたい親」がいるんじゃないか。
そうやって、子供とずっと一体感を持ちたいのじゃないんだろうか。

私自身に言える事。
子離れできない親になるかどうかの瀬戸際の今なんだ。

いずれは、まったく自分ひとりの道を歩く子供にずっと着いて行くつもり・・・
【親として当然・・親の責任】という鉢巻をしめて
かいがいしく世話を焼く老婆は明日の私かもしれない。

たぶん、死ぬまで親は子供を心配するだろうが
子供がこけても、血を流しても、親が何も出来なくなる日がきっと来る。
自分で消毒して、自分で涙を拭いて、立ち上がるときにも
「自分で歩き出せ!!!」とかいいながら、やっぱり誰よりもそばにいてタオルなんか差し出す役目は
やはり母親の特権・・だろうか。子供の望みだろうか。

子供が母を捜し、泣きべそをかかないように、姿をいつも見せておきたい・・ずっとそうやって気持ちを注いできたとしても。

これは、過保護というよりか「依存」だ。
一人になれない母の「子供依存」。
自分がして欲しかった事を子供に押し付ける「エゴ」。

自分の母について、数十年の、否、半生の、誰にもいえない重い荷は、私にはわからないだろう。
裁いたり、ましてや、批判する事は娘として愚かな罪に違いない。

母の愛情は、母のもの。
どう分かとうが、どう表現しようが、人として自由な事だと思う。

今、私も母親として、子供を、一人、また一人・・と巣立たせて行こうとするこの時期に、
兄と母のずっと変わらない距離に、
兄が障害者であった事が、母の幸せでもあるのかもしれない・・・とふと思った。
母は、姑としての寂しさや苦労をしらないまま、いつまでも自分だけの息子に
与えられる愛情の限りを注いでいる。
父が亡くなった今、人生のパートナーであり、生き甲斐でもあり、自分を必要としてくれる荷・・でもある。

では、私はどうだろう。
死ぬまで、子供と居れるだろうか。離れずにいるつもりか。
そんな事出来ない。
見えない場所でも、しっかり暮らして欲しいと願っている。

子供は、親に依存されてはたまったもんじゃない。
私がそうだったのに・・・。

忘れていた。
すっかり、忘れていたなあ。
信じて見守っている事も、
気ずかせちゃあツライ事もあるんだよね、きっと。
信じてる。という信号。
これも重たいかもしれない。
その上「信じてるからね」と言われる重さは想像しても分かる。
信じてるなら、

あんたが、好きなようにやってみなさい・・・と

母は父とここで楽しくやっとくから、
まあ、なんかあったら相談には乗る・・けど・・・
けど、自分でなんとかしな・・・と。そう言えるはずなんだ。

そんな母親になれれば楽だ。
楽をしようとする事は、イケナイ事だ・・悪い母親だ、
とするもう一人の自分と、うまく折り合いをつけていく作業が
私の母親業なのかもしれない。
  1. 2006/11/28(火) 23:06:04|
  2. 楽我記|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:9
<<季節労働 | ホーム | ロボコップより愛を込めて>>

コメント

グッチさんへ

日々の暮らしの中で
自分じゃなく、家族に心を割いていられる時期は
もしかしたら、人生の後半の大部分かなあ・・・
大人なんだか、ふり・・なんだか。
親の子・・の時期は
私は徹底的に自分の事だけしか考えてなかったんです。
そういう風に育ったなら、一生ジコチュウかというと
案外、誰かを役割モデルにして、たどっていくものかもしれませんね。
(父の事を思い出すときは10代に戻って、甘え涙がでます。)
私も母との共通点があり、心配な子供から心が離れない。
子供の未熟さを、どうぞ許してください・・・できたら愛してください・・という願いがきっと体中から発信されてます。
でも、疲れます。
ホンネは、すごく疲れてて、「無責任」な事・・したい!!
で・・韓国ドラマに逃げたv-505・・(あっそうかぁ~と納得してる自分)
常に息子さんと同じ目線で居るグッチさんは、バイタリテイがあるなあ。。って思います。
自分の時間を、味わって味わってストレス解消しましょうね。
満タン充電してから、また
大好きな子供たちの事を思うことにします。
  1. 2006/12/01(金) 22:40:54 |
  2. URL |
  3. グッチさんへ #-
  4. [ 編集]

ムスカリさんへ

娘と“ばあちゃん”の話をしたときに、
「お母さんが、息子にしてるのと同じじゃわね~。」っていいました。
古今東西、母は息子に甘く、弱いのは・・なぜ?って思います。
ムスカリさんの言われるように
薄情ではない母だったからこそ、私もグレもせず(笑)・・・

小さくて、無学で、必死ですが
兄の事では、誰にも引かない母は、「合格」だと思ってます。


  1. 2006/12/01(金) 22:11:11 |
  2. URL |
  3. ムスカリさんへ #-
  4. [ 編集]

mogaさんへ

自分への戒めをこめて、依存!と断言しました。
普通に育ってくれれば、今頃私もおきらく人生で、鼻高々。
普通・・ってなんだろうという壁にぶちあたって
自分の築き上げた価値観を見直しました。
mogaさんのブログでどれほど励まされたでしょう。

食育・・と最近聞きますが、ブログで見せていただく食事の写真で
ぺいんとままはmogaさんに食育されてます。v-408(ちょっと意味が違うか?)
食べ物に手を抜かないこと・・これは無言の愛情でしかも押し付けがない、mogaさんが愛情深いかただろうなあって感じます。
私もmogaさんのようなお母さんが欲しいです・・・ホント。
  1. 2006/12/01(金) 22:01:49 |
  2. URL |
  3. mogaさんへ #-
  4. [ 編集]

ハナミズキさんへ

親が生きている間は
私たちはまだまだ“娘”なんですよね。
年取ってて、もう能力も子供の方が勝っていても、
まだそのわずかの残っている愛情の表現を、自分が受けたい・・・なんていう気持ちが、理性では抑えていても、あります。
でも、私と同じように母も、一生懸命です。
共に戦う仲間だと思った時に
幼稚な恨みのようなものは打ち消せるようになった気がします。

兄を放任して、私たちを優先していたら、私が、親子の愛情を信用出来なかったかもしれませんよね。悩ませる息子を愛せなかったかもしれませんし。v-408
  1. 2006/12/01(金) 21:45:15 |
  2. URL |
  3. ハナミズキさんへ #-
  4. [ 編集]

なんだか、コメント読み返してたら、
ぺいんとままさんのお母様と自分の母がラップしてしまって、
ちょっと批判的に書いてしまって、反省です。

つい、母のことになると、私もなかなか素直になれないところがあり、
感謝すべきなのはわかっているのですが。。。
私もまだまだ、修行が足りません。
  1. 2006/12/01(金) 19:43:52 |
  2. URL |
  3. ハナミズキ #-
  4. [ 編集]

すごく考えさせてくれる濃い内容で
いろいろ思いをめぐらせてます・・・。
お母様のことを思い見ながら、自分のことと重ね合わせ
そして考えを建設していくあたり、さすがぺいんとままさんだなぁと感心しました。

私たちの親世代は、また違った苦労が多く
それをうまく自分の中に取り入れながら
苦労を当たり前にしてきた世代だったのかもしれませんね。
それにしても、ぺいんとままさんのお母様のやってきた”母親”は
他の誰にもまねできない尊いもののように思います。
その様子を冷静に、でも愛情深く見てきたぺいんとままさんも
大人だなぁ・・・。


私もよく子離れっていう言葉を思います。
いつかは離れていくのが当たり前だけど、
そのときになって私は・・・ちゃんと子どもの背中を押せるだろうか?
私も子どもに依存しているのかもしれないと
心のどこかで感じてます。
ちゃんと自分を見直しながら生きないと
母親を続けていくのは難しいですね。
  1. 2006/11/30(木) 21:26:50 |
  2. URL |
  3. グッチ #-
  4. [ 編集]

常識と世間体の中・・

ぺいんとままさんのお母様は、本当に常識的に世間体に縛られてはいても、子供のためを思い、子育てをしてきたのでしょうね。
放り出して、知らん顔をする親だって、世の中たくさんいるから、そういう人にくらべたら、本当に頑張って「いい人」なのですよね。
でも、その頑張りがやっぱり、依存のように見えることもあるのでしょうね・・
共依存なのかって思えることも・・・

だけど、幸せって何なのかな??って・・また、考えてしまいます。
お母様は本当に苦労して、自分のしたいことも我慢しつつ、子供に合わせてきたという思いもあるでしょうが、反抗もなく、ずっと世話をしてもらう立場でいつづけるお兄様を心の支えにしてしまうこともあるでしょうね・・・
それで、もしかして、親子で「幸せ」と思えているのかも・・・

それはそれで、いい人生なのかもしれないですね。

「幸せ」の中身は、本当に人それぞれ・・なのかも、と思いました。

お母様のそういう姿を見せることで、ぺいんとままさんに自分の親子関係を考えるきっかけを作ってくれるのは、やはり母は偉大・・ということかも。

  1. 2006/11/30(木) 08:40:27 |
  2. URL |
  3. ムスカリ #-
  4. [ 編集]

依存なのかぁ・・・

なんだか、眼が覚めた感じです。そっかぁ・・・・子離れは
子どもに依存している親の自立なんですね。
事細かに世話をする、自分を犠牲にしても子どものために
してやることで、「よい母親」であることにどっぷり浸かって
安心していたいんだ・・・・うん、まさに今の私がそうなんだって
気付かされました。
思えば、三人姉妹の末っ子で、いつも「かわいがられる」「世話をされる」側
だったから、はじめて自分の子どもを持って、頼りにされることが
とても快感だった・・・・うんうん、息子や娘に
自立を促す前に、私自身が自立しなくちゃ。ヒャ~~v-12
  1. 2006/11/29(水) 23:33:39 |
  2. URL |
  3. moga #M5f.rndE
  4. [ 編集]

とてもよく似ています

ぺいんとままさんのお母さん、私の母に似ています。
母親の世代は、みんな、そんな感じだったのかもしれませんね。
「人に迷惑をかける事」は親の恥。。。迷惑って、なんでしょうね。
迷惑かけながら、ちゃんとお礼の言える関係のほうがいいのに。。と
思ってしまいます。

ウチも弟がいまだ自立できず、母は、大きな子供をかかえたままです。
かわいそうだなと思いますが、やっぱり、依存してるなぁとも思います。
そんな弟を見ているので、子供は、ちゃんと自立させなきゃっていう気持ちが
人一倍強いです。だから、逆に突き放し過ぎかも?
頼りたい時に頼れて、何もないときは、お気楽に楽しく出来るお母さんが理想かな。
  1. 2006/11/29(水) 22:41:20 |
  2. URL |
  3. ハナミズキ #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://mamu52.blog56.fc2.com/tb.php/65-6373e725
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。