おかえりなさい  

泣きたくなったらおうちへ帰ろう。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

学校に行かないという選択

また、子供がいじめで自殺したと言うニュース。
お父様がお葬式で語られた言葉が心を打つ。

「子供が言いたかった事」
きっと親はもう聞くこともない子供の声を
一つ一つの集めた出来事をたどりながら、繋いでいくのだろう。
怒りや悲しみや、いや憎しみや恨み、殺意さえ感じることだってあるかもしれない。

昔、まだ一人娘しかいない頃
「いじめられて、自殺されるくらい苦しいのなら、学校なんか行かなくてもいいと私は子供に言う。」と言っていた。

学校行かなくてもいい・・なんて簡単に言えたけれど、命が一番大切だということは誰でも知ってること。


自分の命さえ一番じゃなかった時代があった。愛する家族の為に国に捧げた命もあった。
生きること・・の前には学校の優先順位は2番目でも3番目。
そうして学んだはずの大人たちが、教育者が
命がなにより大切と、教え続けた日本じゃないのか。

今の時代、
ある子供にとって学校に行かないという選択は、「死」と等しいくらい絶望の選択なのかもしれない。
学校という世界が「絶対にいなければならない」所でそこで、はじかれたら生きていけないほどの場所なのかもしれない。

集中的にいじめられるのも辛い。
存在を無視されるように居場所がないのも辛い。



なんとか、
自分の命や心の叫びを無視しないで、NOと表現できる子供たちがいる。そして、「学校に行かないという選択」をした。
それはとっても不安な道だけれど、「命」の選択をしたんだ。

大人はもっともっと「学校ってなんだ」と考えるべきなんじゃないだろうか。

学校で生きるしかないから、学校で自己存在を確認しようとしている。
いじめる子だって、大人社会のやり方を学んで、真似てるに過ぎない。

「過ぎない」けれど、人殺しであることを忘れてはいけない。
その人が居なくなって、自分も失ったものがあることに気付いて欲しい。


息子が不登校になって
不登校の現実に泣いたけれど
今、またあの頃のように
「死のうと思うくらい辛いなら、学校なんかいかなくていい」と言いたい。

義務教育を受ける権利を与えてくれたこの国に、私は感謝しているが
教育をどのように受けるかという選択肢を、これからは与えて欲しい、と思う。
「どうしても行かないって言う子を、なにが何でも行かせる様に動かさなきゃダメなんでしょうか。」
3年生に上がった頃、尋ねてきた担任にいってみた。
学校がすべてでは無いでしょうが、今しか仲間と経験できない事を、
経験させてやりたいんですよ。」という言葉に、なんだかほっとした。

息子は、そんな大きな気持ちでいてくれた先生でも、相変わらず、嫌いな先生担当の授業を受けず、パラパラと登校し、行事には参加せずに、自分で決めた「中学はもういい」という意思で大人の乗せた列車から降りてしまった。

自暴自棄になって、外見を変えてしまい、禁止事項を次々破り
身体を傷つけることさえやってみせたあの頃を振り返り

イジメではないけれど
疲れ果ててしまった息子が

学校を拒否するという事は、
子供にとって命がけの選択だったと言う事を
肝に命じたい。


  1. 2006/10/14(土) 21:45:08|
  2. 楽我記|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4
<<弟の髪型 | ホーム | 子供の数だけ「お産」がある・・次男編>>

コメント

パンダままさんへ

子供に「死にたい」と言われる事は
命を分かち、命の始まりから一緒にすごし、手塩にかけて育ててきた親にとって、どんなにか辛い事でしょう。
パンダままさんも、きっとずいぶん涙も流されたんでしょう。

息子が「死ぬ前に、学校行かんなれば良かったかもね。」とニュースを見て言いました。
「学校行かなくなることも、もっと辛い選択だったのかもね。」というと、「ああ・・・そうか。」と言う。
息子があのまま、学校に行き続けてたら
「学校信仰」にコントロールされていたんだろうと思うとゾッとします。
  1. 2006/10/18(水) 09:35:28 |
  2. URL |
  3. パンダままさんへ #-
  4. [ 編集]

不登校を選択するということ

子どもが、学校に行かないことを選択した、と言うことは、
自分の道を、自分でひとつ決めた!というふうに考えれば、
それは、すごい事ですよね。
15~6歳の子で、自分の生き方を考え、実行しているわけなのですから・・。
それが、たまたま、他の子とは、違う生き方だった!と言うことでしょ。
同年代の子のほとんどが、何となく学校に行って、「何でこんな勉強しなくちゃいけないんだよ。メンドくせ~なぁ」なんて言いながら授業を受けて、
「あの先生、嫌いなんだけどv-403」と思いながら、テストも受けて・・・っていう日々を過ごす。
その事の意義とかは、全く気が付かず、また、考えずに。
それは、「みんながやっている事を、やらないのは、まずいよなぁ~」って思うところが、大でしょ、きっと。
その中で、みんなと違う自分であっても、それはそれ!と自分で考え、実行する子って、すごい!

という、こんな考えも出来るようになったのは、
やっぱり、私も、長男の「もう死んじゃいたい!」という言葉を聴いたから。

これからの教育の場が、こんな思いを抱いた子ども達にも、手を差し伸べるものであって欲しいね。
  1. 2006/10/15(日) 20:53:50 |
  2. URL |
  3. パンダまま #ehuBx04E
  4. [ 編集]

ハナミズキさんへ

安部総理大臣は学校を自由選択にする?とかいうみたいですね。
それはいいかも、って思います。
が、その道はその道の専門家のノウハウもあるんでしょうね。
たくさん討議して何年も先送り・・とか。
イッパンピープーは流れのままですよね。
  1. 2006/10/15(日) 15:58:50 |
  2. URL |
  3. ハナミズキさんへ #-
  4. [ 編集]

私も、しんどい思いをして、なんとか、学校につながっている娘に
なかなか学校に行かなくてよいとは言えず、今思えば、「死」と等しいくらい絶望を
感じていたような気がします。

そんな時、一度だけ、娘が「死にたい」という言葉を口にしたとき、
なんの迷いもなく、「学校なんて行かなくていい」と心の底から思いました。
そう思えてからは、娘を追い詰めることがなくなったと思います。

中学生の自殺のニュースが立て続けに流れると、やはり、何かが間違っているのではないかと思わざるを得ません。
今、教育を考えるべき時がきていると思います。
安部総理大臣の教育改革で、よくなるでしょうか。

  1. 2006/10/14(土) 23:29:29 |
  2. URL |
  3. ハナミズキ #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://mamu52.blog56.fc2.com/tb.php/46-e235a430
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。