おかえりなさい  

泣きたくなったらおうちへ帰ろう。

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幼ない頃の記録

長女の時から声の記録を録ってきたのだが、長男のころは、ビデオカメラっちゅうもんが我家にもやってきたので、おもしろがっていろんな記録を残してきた。

長女も長男もある時期、私室でこっそり自分史を振り返る時期があって、全テープを持っていく。ちょうど脱皮のころなんだろうと母は思っている。

その中で「桃太郎」を喋ってもらった記録テープがある。
カメラに向かって
「むかし、むかーし。あるところにおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に・・・」

三人三様・・年齢も話し方も強調するところも違います。
子育てって楽しいなあ・・って懐かしくも感じます。

末息子は、何度「ええっ?もう一回」と聞き返しても
山へ行くのはおばあさん。川へ洗濯はおじいさんです。



次男(末息子)が産まれて半年で私は早朝のパン工場に仕事に行きました。
主人は(脳腫瘍)病後の体調が悪かったり、左半身のマヒがあるため、当時はなかなか収入を得るのが困難でした。
私達夫婦は、母が7時には帰り、皆で朝食、そして長女(中学生)を学校に送り出す事を最優先していました。
子供が学校に行く時間と帰る時間は家にいる・・というのが私の中の子育ての「基本」でした。したがって働くには早朝か、夜しかありませんから、地の利のいいパン屋さんで朝3時間ほど働いたものです。
もちろん、それからまた次の仕事にも行きましたが・・・

次男は、物心ついたころ、目覚めると母はいません。
生後半年とはいえ、母乳一本だったので恋しかった事でしょう。
今でも、私と手が届くところで寝たがります。
私に用があるときにはまだ「お父さん」と先に口走ってしまいます。
返事をしないと「あっ・・お母さん」といいなおします。

上の子2人は、何でもかんでも「ただいま~!お母さんは?」「お母さんはどこ?」・・・一番下は、私を探すときも、呼ぶ時も「お父さん」が先に口からでるようです。

これって、実際のところ笑えないくらい寂しいものです。

まあ、子供好きの普通一般の父親はきっと感じてるかも知んない寂しさでしょうが。
うちの父は「まあ、一人くらいはいいんじゃない」ってホクホクです。
私は・・・う~~ん。さみしいなあ。

保育園の送迎も父でした。
先日、次男いわく、「ボクはお迎えが一番最後で、おもちゃは独り占めだったよ」って話してくれました。が・・なんだかなあ・・・
あの頃、母はいくつ仕事してたっけなあ・・
パン屋、レストラン、ダスキン、・・・

長男が4・5・6年の頃(現在の次男の頃)はどんなんだったかわからないほど忙しかった。成績が良くて、先生にも、お母さん達にも褒められて、何の心配も無かった。忘れ物もしないし、宿題も尋ねた事さえなかった。時間割・明日の準備・提出プリント・朝起きまで、全部を自分だけでしてくれたと思えるほどだ。
そんな息子だったけど、いらいらして叱ったりした事もあった。息子はおよそ反抗的な怒りを私に向ける事は無かった。
うちの中で、私は絶対的な支配者だったんだなあ。

生きていくのに一生懸命だったとはいえ、母を喜ばせようとしていた息子を振り返ると申し訳ない気持ちになる。

あの頃を思うと、今の息子は、なんちゅう甘ったれた生活だろうとも思う。「甘やかしたんじゃない」といわれたが「私が甘えてた」と思う。

世間は見える所で判断するから、同情したり、励ましてくれたり、情状酌量したり、美談にしたりしてくれて、母のポイントはアップするかもしれないが、本当は子供も、共に戦う戦士だったんだと、今更に思う。
感謝してただろうか。
認めてあげてただろうか。
自分ばかりのストレスを並べ立ててはいなかっただろうか。



ビデオテープに写る母と子の映像は
幸せそうに、絵本を読んでいたり、ほうきを楽器に見立ててロックンローラーになったりと、そのエンタティーナーぶりはきっと80歳になっても父と母を笑わせてくれるだろう。

子供の姿がアップになれば、それを映しているこちら側の視線が、私の存在だったりする。映らない親の視線を感じるだろうか。
子供達は、こんな昔を眺めながら、私の愛情を確認したりするんだろうか。

映さなかった思い出が、子供達の心に少しでも残っている事を祈りたい気持ちになる。
言えなかった言葉や、言い損なった気持ちは思い出せないくらい「むかーしむかーし」になってしまっている。

秋の涼しい風と
鈴虫の声に
センチメンタルになっている
更年期の母の独り言でした。

おしまい。
  1. 2006/09/11(月) 23:28:45|
  2. ノビ太癒し系|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:3
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コメント

tugipiさんへ

お母さん、楽してる・・って言われると辛いものがあります。
夫の仕事がまあまあ順調になって、仕事を減らしていきましたが
何にもしないって時期に、「いいなあ。」って子供に言われたときすごい「カッチン」ときましたねえ。きっと嫌味じゃなくて、そのままの意味なんでしょうけどなんだかむしょうに腹だたしかった。

たぶん、私自身が「はあ~しばらくまったりしよう。」とか思ってて、どっか後ろめたさがあったりもしてたからかも。
はりつめてて、ゆるんだパンツのゴムみたいにデレ~っとゴロゴロとしてたんで、せめて・・・と思って新聞配達はじめたんです。
昼間は自由に使わせてもらおうと思ったんですが・・・・・まあ思うようにはいきません。
家系のおおかたを女が支えるっていうのは、エネルギー全開ですよね。そんな時期を経験するのも、今に感謝できます。
まだまだ、先も、ありますけど。
  1. 2006/09/15(金) 08:30:19 |
  2. URL |
  3. tugipiさんへ #-
  4. [ 編集]

なんだか読んでて泣けてきちゃって
ぺいんとままさんが精一杯家族を支えていたことが
ものすごく伝わってきて、
それでも次男君は無意識に当時の記憶から「お父さん」って
呼んでしまうんでしょうね・・・・。
子どもの小さい頃の寂しい思いとか悲しいことって
いつまでも残ってしまうんでしょうか。

けど、お子さんたちはみんな
お母さんがどんなに頑張っていたか
どれだけ家族を守ってきたか
きっとわかっているんだろうなぁと思わずにはいられません。
どんなに突っ張ってても
どれだけ口答えしても
きっと「お母さんにはかなわない」って思っているんじゃないかな。

ぺいんとままさん、本当に素敵なお母さんだな。
  1. 2006/09/12(火) 20:50:44 |
  2. URL |
  3. グッチ #-
  4. [ 編集]

こんばんは

生きていく(生活していく)だけで手一杯の時は、
記憶にすら残らないくらい
一生懸命生きているんですよね。

頑張って働いて
家族を支えてきた事
お子さん達には
必ず伝わっているように思います。

今、私は本当に片手間に働いて
家に居ます。
それって????
子供達にどう映っているのか?

次男が帰ってくるまでには、
家に居たい。
休みの日もいてあげたい。
(預ける親戚もいないというのも理由の一つですが)
でも、娘にお金の話しをした時に
「どうせお母さんが働いたお金じゃないでしょ」
と言われた時は、ショックで何も言えず
ただ悲しくなるばかりでした。
  1. 2006/09/12(火) 18:41:07 |
  2. URL |
  3. tugipi #-
  4. [ 編集]

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