おかえりなさい  

泣きたくなったらおうちへ帰ろう。

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子育ての終わり

遠方から来た友人のお誘いがあって
女3人で食事に行った。

最近、マジダイエッターの私としては
飲み放題食べ放題にはちと??だったが懐かしいお誘いに
いそいそと出かけた。

友人はかつてアパートの、二階と一階の関係で
我が家に7年ぶりに、息子が産まれた頃には
1歳と3歳の男の子がいた。

もうひとりにも同じ年頃の男の子と女の子。

三人で、最近の「息子たちの近況報告」となったが
私たちの瞳には
あの頃の・・・スモック姿で
公園の陽だまりをよちよち歩いていた
あの子達が浮かんでいた。

三輪車で
「ヨーイドン!!」遊びをさせていた頃

母たちの誰一人も、
将来、心配と不安で胸をかきむしられる思いをするなんて
想像もしなかったね。

お洋服を回しあったり
予防摂取に行ったり・・・

「男の子はこんなに大変だと思わなかったね~。」
しみじみいうと
「ほんとーーよーーー。」と相槌を打つふたり。

何度、学校に呼び出された、とか
何回警察に迎えにいった、とか

高校を変えた話、事故を起こした話、
眠れぬ夜をすごし
暴力があり
そして彼らは自分で稼ぐように、一人前の社会人になっているという。

それぞれに巣立って
社会人になってるけれど
うちはまだまだ3,4年はあるよね。
次男は中二。

この夏が過ぎて
体育大会の準備がはじまると
スポーツ系の部活の子供たちは
死に物狂いで忙しくなる。中体連があるからだ。

秋になり、涼しい風が吹き始めると
母はまた
息子の不登校のきっかけになった事件を
身体が思い出して
メンタル的におかしくなってしまう。

「かあさん、ごめん。泣かんでね。俺もう学校には行かん。大人の言うことは聞かん。」
死ぬまで忘れることのない言葉だ。

今はもう、息子自身は歩き始めてるというのに。
息子の中学時代を
次男のタイムテーブルと重ねて
中二の息子の身に起こったことが
まもなく次男にも起きるのではないかと想像するだけで

あの5年前の怒りと悲しみは一瞬によみがえってくる。

子育ての終わりを、記しつけられるとしたら

親なしでも生きていく強さを
子ども自身が持ったとき・・・・・だとしたら

心配し続ける親をもつ子供は
いつまでたってもその“視線”のなかで大人になりきれないものかもしれない。

三人いれば三人の子供との関係があり、信頼できるか出来ないか
培ってきた歴史と、母親の直感がある。

この直感というものは、厄介だな・・とも思う。
この感覚に縛られて
母は心配が絶えないからだ。

子育ての終わりは、自分で腹をくくることなんだろうか。

ふたりの友人の安堵したような話しぶりを
羨ましい気がした。



  1. 2009/08/20(木) 16:34:03|
  2. 楽我記|
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  4. コメント:6
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コメント

この何ヶ月か、何だかしゃかりきに外向き(仕事とかいろいろ)の身体になって
ゆっくりネットしてなくて・・・ここではお久しぶりです(汗)

>子育ての終わりは、自分で腹をくくることなんだろうか

私も最近そんなこと考えていました。
腹をくくったとしても
きっと一生息子たちを見守り続けるはずだけど
子育ての山を一つ越えたってことかな?

  1. 2009/09/18(金) 19:41:48 |
  2. URL |
  3. グッチ #-
  4. [ 編集]

のんきははさんへ

いやぁ・・・実はどういう関係か????と疑問でしたけど
それで分かりました。
のんきははさんの、ご主人のお父様(義父)とそのお母様。
つまりご主人の父親とお婆ちゃん・・・
(笑)
老老介護という言葉が、あっという間に現れて
定着して、問題になっていますが
まさに我が家も、同居とはいえ老老介護です。

仲良く笑う声もあり、母が父に言い返す声あり・・・
それでも父は、世話をすることを生きがいにしているようです。
正しく治療をする、という「残される側」的な発想は
ともに生きてきた、そして共に老いてきた老夫婦にとっては、こちら側の都合でしかないのです。
一緒に死にたい、という感情で仲良く暮らしているとすれば、
無理心中事件が、いつ我が家に起きてもおかしくはないのだ、と
私は密かに思っています。
ただ、息子(夫)と娘(義姉)が行動しないのなら、どうしようもありません。・・・よね。
  1. 2009/09/02(水) 16:39:53 |
  2. URL |
  3. ぺいんとまま #-
  4. [ 編集]

aprilさんへ

初めまして。
コメントありがとうございます。
子育てに正解も、終わりもない・・・
ほんとにそうですね。
それに比べられる量りも、ないのかもしれません。
自分育て、ですね。とどのつまりは。
  1. 2009/09/02(水) 16:27:32 |
  2. URL |
  3. ぺいんとまま #-
  4. [ 編集]

訂正

おいおい。これじゃ大きいばあちゃんがじいちゃんを生んだのが13歳ってことになっちゃう。v-356
じいちゃん72歳はなくなった時の年齢でした。
このころはまだ60代。
失礼しましたッ
  1. 2009/09/01(火) 17:51:39 |
  2. URL |
  3. のんきはは #-
  4. [ 編集]

過・保・護

85歳の曾祖母と72歳の息子(義父)が それぞれ腰と足を痛めて立てなくなり 二人で日当たりの良い部屋で留守番をするという日々を送った時期がありました。
少し目も不自由だった義父を、うれしそうに世話する曾祖母をみて、子育てに年齢は関係ないなと実感しました。
本当にうれしそうだったし、今思い出しても うらやましくなります。
母とは、そんなものかもしれません。
子どもはどう思うか解らないし、良かったか悪かったかも解らないけれど、子どもと一生懸命に関わって 一緒に闘うことができて、母としては ある意味 幸せな時でもありました。
二度と…はごめんですが。

子育ては卒業した…ふりだけして 見守り続けたいと思います。 私自身の幸福のために。
  1. 2009/08/31(月) 12:47:52 |
  2. URL |
  3. のんきはは #-
  4. [ 編集]

ぺいんとままさま

初めまして。
最近になってこのブログを知りました。
私も三人の息子を持つ母親です。
そしていろんなことを経験して、
今は仕事を持つバツ一母です。

遡って読ませていただき、
笑顔の中に涙あり・・・のままの記録に感動しました。
子育てに正解はなし、そして終わりもなし、
最近こんな風に思う私ですが、
改めてたくさんのことを教えていただきました。

子育ての中での母の愛情を数字で示すことは
とても難しいけれど、
いろいろなものを掛け算して足し算をした中で
子どもが育っていくとしたら、
母の愛がゼロでなければ、
子どもが受け止めているだろう、愛情や思いは、
絶対にゼロにはなっていないはずと、
私は思っています。

自信なんてないけどね、
でもちゃんといろんなことわかってると思います。
ままの涙も苦労も悔しさも、そして嬉しさもね。

これからも応援しています。
どんどん気持ちをぶつけてね。
どうぞよろしく。
  1. 2009/08/27(木) 15:35:36 |
  2. URL |
  3. april #bE5yS8eg
  4. [ 編集]

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