おかえりなさい  

泣きたくなったらおうちへ帰ろう。

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この個の将来

日曜日に友人のライブを見に行くというので
送っていく途中に

息子の同級生の家族に出会った。

交差点の角にあるお宅で、信号待ちのうちの車に気づいて
同級生がニコニコ笑って、お母さんと一緒に近づいてきた。

「おう。(息子の名前)!!」

息子は笑ってはいるが、内心戸惑っているだろうということはわかった。

そうだ。

今日は、息子の同級生は卒業式だ。


小学6年生まで頻繁に遊んでいた子で
夕方5時になると大急ぎで我が家に駆けて帰るうちの息子を
お母さんは「時間厳守でたいしたもんだ。」といっていたっけな。

走り出した車の中で
彼が就職して県外へ行くことをしみじみ考えたようで

「おれも、いつか就職するっちゃねーー。」

「みんな、えれぇーよなぁ。」

無言で居る母をちょっと気にしてか

「おれも早く職について、・・・・つかんといかんちゃけん、・・・」と言う。

「焦らんでも、いつかはするが。」と言いながら
じつは社会に出るのを恐れているのが良く分かる。

あんな経験したから、とはもう母は思っていない。

大人(先生)が怖い、嫌い、憎い、・・・・これも違っていたかもしれない。

あのころ、直感的に気が付いたことがある。
それはきっと現実だと、早く受け入れてしまえば、あんなに泣き暮らすこともなかったかもしれない。

不登校の息子は
家族の中で、当り散らすこともなく
暴力的でもなく
傷ついて震えている小鳥のようだった。

ただ学校へ行って帰ってくると、ギラギラした戦いモードの顔つきになっていて、何日か寝て暮らした。

「疲れた。」

学校に半日しかいかなくても、そういった。

髪を染めて、
ピアスをあけて、
シャツ出しでいたのは、

友人たちの中のポジションを獲得するためで

煙草を吸うのも、
似合いもしないだぼだぼのシャツと
3人は入るだろうGパンを着ていたのも

そうでなければ受け入れてもらえないという
同級生の圧力だったのだ。

もちろん、人が強制したのではない。自分が恐れていた、人と違うと言うことを。

台所で、背中を丸めて食事をする姿

低音で笑う声が

私の兄にそっくりだと、ふと、思った。
そのときの直感。
(兄は知的障害をもつ)

否定したけれど、まさか、と打ち消したけれど
妹にだけはそっと話したことがあった。

その後、
睡眠障害で苦しむ息子とストレスケアで病院へ行った。
本人も一緒に「思春期外来」で医師と話したとき
医師は息子と私に

「少数派」です。

と言った。
意味するところはなんとなく分かった。

障害、ではないのだろうが“特別の個性”があるということだろうと。

「アスペルガー症候群」(医師が出した言葉ではない)

妹の末っ子が自閉症だと知ったとき
ネットや書店でいろんな本を読んで知ったこの言葉をを、

じつは、心のどこかでしっかりと記憶していた。

息子に思い当たることはおおく、
私自身の身にもあった。

学習障害がないために、気にもしなかったが
教科の好き嫌いの差が極端にあるので、息子と私は良く似ていると思っていた。

興味のあるなしで極端。集中力とのめりこみ度数の違いだ。

それは誰でもそうだ、といえばそうなのだが。

(私のことはさておき)

車の中で息子に言った。

「どんな仕事についても、あんたは慣れるまでに時間が普通以上にかかるだろうね。」

「うん。おれもそう思う。」

「新聞配達はお母さんから引き継いで、販売店の人たちも、お母さんが先に知ってたから・・・。」

息子の分析を知った風に、説明しても
今の息子は割と素直に、受け入れているように思える。

あれからいろいろ自分について考えて、知って、大人になったんだろうな。

アスペルガーの本を買って、読んでみると
こんなこと誰でもあるよ・・と思いながら
こんなこと私もあるよ・・・に変わっていく。

私は50歳にして、己を知ったとしても、特に変化はなく
むしろ、自分の個性を今後どう扱うか楽しんだり、
コントロールしたりできるだろうが


息子には、どう理解させるか。

強いこだわり

人から見た自分を、うまく感知できない

出来ないから、空回りを感じてストレスでくたくたになると言うこと

純粋で、だまされやすいこと
感受性が強くて、臆病なところ

少数派だといわれて
息子はむしろ喜んでいたし、母も同じ気持ちで、前向きに捕らえようとした。

前向きに医師が話してくれたから

前向きのまま受け止めたのだが

・・・・・そんなところがまた、単純ともいえるのかもしれない。

「好きなことを見つけて、一生懸命それをやりなさい。
エジソンもアインシュタインも君と同じタイプだ。

昼間、学校行かなくても、なんも悪いことしてるわけじゃない。
堂々としていなさい。
むしろ、いままで、よく学校に行けましたね。きつかったろう。」

最近になって、
母は、成長した息子と将来について
一人でよくシュミレーションしたりする。

ドラムと出会い、

熱中していく過程ではもう達成感のようなものがあるのではないか。

プロドラマーの道が遠く、険しいとなんとなく気づいて
音楽仲間の行く道が分かれ始めた今

「おれも就職するのか。」

社会の風に吹かれると言う当たり前のことなのだけれど
なんかおどおどした息子の
幼いころのしぐさが、思い出される。

「まだ、時間はあるから。とりあえず、高校を卒業してから考えれば?」

「そうやね。」

通信課定の担任が電話してきて、

次年度の選択教科の個人別の指導をしてくださったようだ。

「仮に2単位落としても大丈夫なように組んでくれた。」と息子は言うが
なんとも、いたれりつくせりの学校であなた任せでいる息子は

どうしても優先順位は、自分のライブだの、ドラムのレッスンであるらしい。

きっと
はたから見れば、うちも変わった家庭っていうことで

甘やかし、とか
世間知らず、とか
変人奇人(笑)なのだろうけど

けっこう幸せな人生を私が歩いてきてるのは
いい周りの人たちに恵まれたからだろうと思う。

「18歳で、さて、これまで胸に抱いていた将来に向かって漕ぎ出しなさい。」
といわれて
夢がないのにどこに行くの

母は、そう思って大学にいき(絵が好きだったので)
20歳で社会に出たくなくて、眠れなかった夜があった。

そんな頃のこと、
しっかりと覚えておこう、と思った。

すべては個性なのだけれど
それは特別な個性であり

社会に貢献できる大人に成長することだけが、人間の生きる理由じゃない。
人に疲れ、人に振り回されずに
人を愛せる距離を見つけれれば、そこが最善の場所になるんだろうな。


  1. 2009/03/04(水) 00:34:38|
  2. 「学校すかん」長男|
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コメント

ムスカリさんへ

最近はムスカリの花をみかけますね。思い出していました。

息子に
前の彼女とどうして別れたのかを聞くと
「いきなり思いついて行動を起こす。」行動的なところが(+_+)ダメだった・・・といいました。
これは、彼女の問題ではなく息子自身の問題だと本人はまだきずかない18歳です。

計画にないこと
思いつきで次の行動に移すこと・・・これを極端にきらいます。
朝、おきてきて、みんなそろったから食事でもいこうか・・・なぁんて絶対NOです。
2,3時間前から予告するか
前日から覚悟するか・・・
新しいこと、初めての場所、気後れするのかまずは拒否です。ハプニングに対処できない。
パニックになるのです。それは小学校高学年から始まったようにおもいます。
アスペの特徴ですよね。
繰り返しがいいのです。
規則正しい中で、安心するようです。

だから、新聞配達はぴったりといえます。

本人が自分自身に気が付き始めているのですから
いつか話せる日が来ると思っていますが
学習して、いってくれるしかないでしょう。
だから、「かかわる人を選ぶ」力もない今は
目が離せません。
  1. 2009/03/10(火) 23:35:45 |
  2. URL |
  3. ムスカリさんへ #-
  4. [ 編集]

のんきははさんへ

また春が来て、この季節が来ると
進路や将来についての分かれ道で
何かと考えさせられます。
時間とともに私自身も変わっていき
軌道修正しながら、息子へのパーセンテージを下げる努力をしているこのごろです。
息子にどうなって欲しいというイメージが
きっと私に中にはまだあるんですね。
希望を持つということは時に自分を駆り立てて
焦ったり、責めたりするようです。
子供に希望をもたないこと・・・これはきっとできないと思います。
  1. 2009/03/10(火) 23:21:22 |
  2. URL |
  3. のんきははさんへ #-
  4. [ 編集]

私もずっと、軽度発達障害のことは考えてます。
私の息子もそうかも、と疑いがあります。
受動型というタイプで、受身で人とのかかわりが苦手で、
言われると断れなくて、嫌でも反論もできない・・

やらなければ、という意思が自分が嫌いなことだと
弱くなってしまう・・
逆に、自分が興味あることは、こだわりが強くてとここんやる。
睡眠障害が出やすくて、朝が苦手。

誰でもそういう傾向ありますけどね・・
それが社会適応という考えになると、適応不能で
社会への障害となるのかも・・

こだわりとしている、自分が好きでやってることを
自立への道へできるような「環境」とめぐり合うと
意外に楽しく暮らせたりして・・とか、楽観視したりもするのですけど
人や場所にめぐり合う、「運」があるといいのかな・・
努力も必要か・・難しいですね。

ただ、医療的に薬で二次障害を抑えるっていうのや
SSTで社会適応の訓練を受けさせて、少しでも社会へ融合できるように躾けるっていうのは・・
それが正解のような気がずっとしてて、迷うけど
本人が悩んでそうする!と言わないと
できないかなと、私は思います。
  1. 2009/03/05(木) 13:11:05 |
  2. URL |
  3. ムスカリ #-
  4. [ 編集]

道は一本じゃない。
答えだってひとつじゃない。
冷静になれば分かるのに、自分の子どもの事になると 何故だかみんなと同じ一番安全な(と思える)道だけが正解のように信じ込んで、こだわってしまう。
いわば、みんな一人きりの少数派なのに。
同じような服を着て、同じようなことを話していても すべて同じことはありえない。
分かっているんだよ。
時間がまだたくさんあることも。

だけど、他の家の子はみんな自分の道をしっかり歩いているように思えて仕方がない。
うちの子だけが、出遅れてしまっているという想いから逃れられない。
みんな違ってみんな良い。と口では言えるんだけどなぁ。
母の業ってやつですかね…これもv-390

  1. 2009/03/05(木) 12:28:03 |
  2. URL |
  3. のんきはは #-
  4. [ 編集]

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