おかえりなさい  

泣きたくなったらおうちへ帰ろう。

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気にしない

あたたかくなってくると
婆ちゃんが、玄関先の椅子に座るようになった。

通りをあるく人の姿を見ている様でもあり
私たちの生活を見ているようでもあり

日曜日の朝、
父が洗濯物をかかえて1階ベランダの障子を開くと
そこにつかまり立って、室内を伺っていた婆ちゃんと、かちあわせた。
婆ちゃんはすかさず
「○○さんは(私の名)?」
と聞いた。

やっぱり、一番の関心は私らしい。

気にしない気にしない・・・と言い聞かせてトイレから出てきた私は
まだスカートを下ろしきっておらず(><;)

ずっとベランダてすりにつかまって私を探していた婆ちゃんの前に現れたもんだから
私も「あああ!」と隠れる・・・婆ちゃんも黙って身をかわす。

自分の姿が室内から見えないところへ移動して
私を探しているようだ。

こっちからは、まるみえ。

気にしない気にしない。


慣れ・・・ってすごい。

対面式のキッチンに立つと、婆ちゃんの部屋からすこうし隙間を空けて
私の姿がのぞけるんだけど
カウンターに食器棚置いて、見えなくしていたの・・・
その食器棚、動かして
やっぱりリビングは、明るくなくっちゃ・・ね。

爺ちゃんが、最近、朝早くに駐車場から
バケツに水を汲んでいる。
どうも、洗濯物を手で洗ってんのかなぁ~って感じ。

私たちが休みの日は、出てこないで、洗濯機を遠慮してるみたいだ。

私たちが外出をすると、きっと爺ちゃんは、こちらの生活圏に出てくるから
読むはず・・・・とリビングに書置きをして出かける。。

「お義父さん。洗濯で気苦労してるんじゃないですか。遠慮なくつかえるように、お義父さんたちが持ってきた洗濯機を外にも設置しようと言うことになりました。寒いときは、室内で、いつもどおり使ってくださいね。」

父(夫)とガタガタ車庫の洗濯機設置移動をしていたら
耳のいい婆ちゃんが大騒ぎをして爺ちゃんに言っている。

「なんか音がするが。行ってきて見てきね。なんしよっとか、見てきね。」

爺ちゃんは、張り手紙にはなんの返事も反応も無かったが
「いいとじゃが。お前は心配センで。」と婆ちゃんを促す。
やっぱり、洗濯では困っていたんだ。
遠慮してるんだなぁ。

婆ちゃんは、排泄がうまくできなくなってるように、思える。
洗濯物で感じる。
でも、そのために洗濯機を設置したいという爺ちゃんや
爺ちゃんを助けたい私たちの気持ちよりも

自分がそういう世話を受ける状態だということを、私たちに知られたくないという婆ちゃんのプライドが最優先で今は守られている。

自尊心?っていうのかな。
アルツハイマーって最後まで、それはあるっていうし
忘れていく自分が判るって言うし
恐怖でもあるらしい。

何もできなくなるのに・・・残るプライド。
紙オムツを嫌がるお年寄りの“尊厳”は我が儘と呼んでいいのだろうか。

同居のはじめに
私が全部の洗濯物を干していたら、爺ちゃんが
「オレたちのはセンでいいから・・・アレが嫌がってよ・・・干す所も別にするわ。」
と言った。
爺ちゃんの手は、荒れていた。

それなら、と父が干すようになったが、それもダメだった。
下着を見られて判断されたくないのだろう。

これからさき
爺ちゃんがお世話できなくなる日がきたら・・・と考えると、ちょっと怖いな。

でも、気にしない気にしない。

私がしないことだけは、明白だな。

どんなに分からなくなっても、最後まで
私のことだけは分かってると思うから・・・・。

気を許せない関係は、案外、
私を、最後に守ってくれたりもするのかな。

気にしない、気にしない。





  1. 2009/02/21(土) 01:56:40|
  2. 二世帯の暮らし|
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  4. コメント:4
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コメント

はじめまして

メールのほうへ返信しましたがうまく送信できませんでしたので・・・・。

ようこそ。
まさか自分の子供が!!と言うのが始めの感情で、
すぐ解決できそうな気持ちの時には、母は全く学習しようとはせず、
次第に、怒ったり、イヤミいったり、ご飯作らないとほって置いたり・・・
起きてくるか、こないか、二つのパターンを覚悟して、
息を殺して息子の部屋のようすを伺ったり、・・・
いつも目は真っ赤にはれており、
世界中で一番親不孝な息子を持つ母親になって、
気遣ってくれる方々には、むしろ心の中では牙をむいていた。

ほんとに辛いのは本人だと、心底思うときに、母は本当に息子の母親になったのでしょうね。
リスク覚悟で不登校をきめたのなら、とことん味方になって行こう。
早く独立してもらって早く楽になろうなどと、とんでもないことを実は夢見ていたから、
腹をくくりました。
主人が、母を責めず、とことん母の応援をしてくれ、
学校側の間に立ってくれたことも救いだった。

とんちんかんな文章で、解かりづらいでしょうが
なんか参考になれば・・・。
ならないとしても、やぐるま草さんも吐き出しちゃってください。
こちらこそ、宜しくお願いします。
  1. 2009/02/27(金) 19:30:04 |
  2. URL |
  3. やぐるま草さんへ #-
  4. [ 編集]

お誘いいただいてありがとうございます

こんにちは sakurasouです。
 いつも、家族への気配りごくろうさま。それだけのストレスを抱えながらよくダイエットにはげんでらっしゃるのは、すごいです。娘さんの結婚式という目標があればこそかな。
 色々なことがあったのですね。壮絶すぎて・・・・・。
 でも、いつも元気で明るくてパワフルで・・・・。スゴイ!
 私もエネルギーをいただきます。”娘の一人くらいなんじゃい。どないかなるわ。”と思いつつ暗く辛い顔をみるとこころが揺らぎます。今日も午後から出席しました。”明日は明日の風が吹く”
まずは、元気でニコニコ見守り頑張ります。
 ご招待いただきありがとうございます。まだ、全部目をとうせないので追い追い拝見させていただきます。親として無力な思い、分ってやれなかった後悔、思いあたることばかりで・・・・。(涙・涙・涙・・・・・・。)             
 
  1. 2009/02/25(水) 17:43:40 |
  2. URL |
  3. やぐるま草 #y5ejD6sk
  4. [ 編集]

のんきははさんへ

初めの扉はどこだったのか、もうわからなくなりました。
先生が職員室で、15・6発殴ったこと?他の先生が誰一人止めなかったこと?ボーズにされてしまったこと?いやいや、部活止めたいと何度も行った時、叱って激励してしまったこと、息子が付き合いだした友人を、毛嫌いしたこと?大人はみんな敵だといった。
私もきっかけに犯罪性があれば、警察へ行ったでしょう。それも子供を守るためだったし、正当なことだったんですよ。
私たちは正しいと思うことを行動するように、子供に示してきたんですよね、幼い頃から。
  1. 2009/02/25(水) 11:08:46 |
  2. URL |
  3. のんきははさんへ #-
  4. [ 編集]

一緒に暮らすことを受け入れたぺいんとままさんに、心から敬意を表します。

実家の両親はアラエイターで二人暮らし。
脳梗塞の父を母が老々介護中。
身体と精神力の衰えを感じている母は その苛立ちを思わず父に向けてしまうようで、ときおりきつい言葉を投げかけているところに出くわす。
もっと支えなくては・・・と判っているけれど、息子が高校を中退してからは 本当に経済力の限界ぎりぎりの線をキープ中で仕事は休めない。
子どもをとるか親をとるか。なし崩し的に自分の生活を優先している不甲斐なさ、申し訳なさ。

中卒という学歴に抵抗があったのは、私。
人事に関わる仕事をしていたとき、面接前のふるいわけで どんな履歴書がはずされていくのかを見てきた。
普通の会社なら、面接どころか受け付けてさえもらえないだろう。多分。
息子の校内暴力の引き金は、たかり事件の時に私が警察へ無理矢理連れて行ったこと。
親としても娘としても、精神的に借金だらけのような気分で、心に重荷を感じている。

こんな年になっても まだ親に甘えている過保護娘は、母の苛立ちに気付かないふりをして、時々愚痴を聞くぐらいで誤魔化している。
大人になるって・・・せつないね。
  1. 2009/02/25(水) 07:51:48 |
  2. URL |
  3. のんきはは #-
  4. [ 編集]

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