おかえりなさい  

泣きたくなったらおうちへ帰ろう。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

義母の変貌

なんだか肩透かしのように平和な日が続いていた。
夕方、帰って食事を準備する頃は
もう両親の夕食は終わっている頃で
私が適当な一品を持っていくと、もうそれは明日の一品になってしまう。
それでも
自分たちだけ食べる・・・って何だか出来ない私は
なにかしら差し入れらしきものを持参しては
料理、洗濯、片付けなど全部一人でしている父の
少しでも支えになれればいいと思っていた。

母は「お世話になります。」
「いつもすみません。」とはいうものの

「ありがとう。」と「おいしかった。」とは言わない人で、それはもう昔から。
期待はしないでいたし、口に合わなきゃしょうがない。
義父の口に合えば合格だわ。ブイ
とにかく父が一手に母の世話をするのであれば
私は、息子が親に当然するべき援助をサポートする・・・という心づもりでいた。


両親が住みなれた土地を離れる前に
母は近所の自分の85歳になる姉のうちへ行き、姉妹喧嘩をしたんだと言う。
理由はなんだかどうでもいいことで、もう忘れた。

その娘(主人の従姉)からの電話は、同居する私に対して
相当の心配をしており絵文字名を入力してください
「なにかのきっかけで人が変わったように豹変する」義母について
くれぐれも気にしないように、そして
出来るだけ早く、病院で検査を受ける事、
きつい言葉は受け流す事などを一生懸命話してくれた。

義母が、裕福な育ちで
思いついたことは言っちゃう性格なのは、嫁いで25年もすればわかる。(ま、すぐわかったけど)
裕福な育ちだからこそ寛大で、私たちは助けられてきた。
ただ、お金の管理はすべて父がしていたのだから
実は父のお陰でもある。

今の母は老人性の痴呆なのか、認知症の始まりなのか、記憶力は無く
時間の感覚、日付け、食事したか・・・時々わからないようだ。
だからこそ
どんな事を言い出そうがまともに受け取らないで済みそうな気でいた。

そうやって、ここ数日、
いい感じで過ごしてきたところだった。
特に、イヤミも無い。
ニコニコしてるし、よく笑っているようだし、おんぷ
二人の部屋からは母の歌声も聞こえてきていた。

が、
これがそうなのか!ポン

突然、部屋から出てきて
私が次男と宿題をやっている姿をにらみつけ
「あんたたちは何しよっと!勉強は(私)さんが教えるとね!」となぜか怒っている。
「ここは狭い。あんた達は何処に寝ちょっと?(隣の部屋)ここも狭いっちゃろ?どこか広いトコを捜さにゃいかん!」「その(卓上)蛍光灯はうちのじゃが。一回使うと500円もらわにゃいかんわ。」

くれぐれも言いたいけれど、義母は根っからケチではない。
むしろ、人にやりたがる。なんでも新しいものを買いたがる。

きっと
「家を捜そう」という母に、父は
「そんなお金は無い」と答えたのだろう。うーん
お金が無い。
この言葉に反応した結果が「お金を集めよう」だとか
自分たちが持って来たものを譲らないぞ・・という気持ち?(これは受け流し部分ですね。)

父に叱られながら、部屋に連れて行かれた母がまだぶつぶつ言っている中で
夫が「なんかのスイッチが入ったように人が変わるよね。」と言った。
身内は、親の変化を軽く見て、なかなか認めないらしいから
これから先、もしそうであるなら認知症が進行して現れれば
ただ、叱る事が解決にはならないと、義父と息子は気がついていくだろう。

一部始終を見ていた次男が
ばあちゃんの激発的な怒りを、どう理解するだろうか。

それでも、人はどうしようもなく
自分自身の老化と向き合って時間を重ねていくしかない。

土曜日。
母のカラーリングの予約を取ってある。晴れ!
明日の朝、今日の不機嫌を忘れていてくれれば、それでいい。


  1. 2008/03/12(水) 22:40:43|
  2. 二世帯の暮らし|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4
<<無駄なものは、無し。 | ホーム | 同居2週間目の始まり>>

コメント

のんきははさんへ

若いとき、幼い時、お金に苦労した人は、お金にこだわり
食べ物に苦労した人は、食べ物に・・・と聞きましたが
認知症は病気であり、あまり関係ないのかもしれません。
ただ心に受けた傷があると、のんきははさんの叔母様のように
相手は違っても、攻撃したくなるのかもしれませんね。
親戚中から非難されて、辛かったでしょうね。
きっと後で誤解とわかっても、言った方は忘れてるんですよね。
老人性の痴呆は昔からあることで、
現代の私たちは知識があるぶんだけ耐えやすいのかもしれません。
  1. 2008/03/13(木) 20:46:29 |
  2. URL |
  3. のんきははさんへ #-
  4. [ 編集]

kiyoyoさんへ

認知症のお薬と言うものは1種類しかないようですね。
多いか、少ないかの違いでしかないんでしょうね。
老化や痴呆は止められませんが
進行を遅らせる事ができるらしいです。
ネットで調べると、先々不安になります。
病院と介護関係の方と少しでも早くつながりを持っていたいというのが
願いですが
私が動き回ってはいけないことなんだろうと自制しています。
  1. 2008/03/13(木) 20:36:45 |
  2. URL |
  3. kiyoyoさんへ #-
  4. [ 編集]

せつなくて

叔母(父の姉)は優しくて頭が良くてしっかり者だった。
それが、ある日「あんたのお母さんにいじめられた。」と突然の電話が・・・。
前日楽しそうに母と2時間近くも電話をして、春になったら温泉に行こうと約束をしていたはずなのに。
「私には、お菓子も野菜もお米も何にもやらんって言われた。ああせつない。」と嘆いていた。
この言葉は叔母が昔、兄嫁から言われたと話していた言葉。
「年下だから馬鹿にして・・・」母のほうが10歳ほど年下のはず・・・
いつも穏やかな叔母の変貌ぶりに「ごめんね」としか言えなかった。

その後、叔母の娘さんから母のところに「嫌がらせは止めて下さい」と電話があった。母は一応否定したものの、親戚中から非難をあびることとなった。
「まぁ、家族がわかってくれているからいいわ。」とあえて強く言わなかったが、親を悪く言われるのはせつなかった。でもどうすることもできなかった。

確かに子どもだからこそ、親の変化を認めたくない気持ちは判る。
私の頭の中の両親も、少し若い年齢設定になっているなぁ。
息子達の受験に追われて、数週間、顔を見ていない。
早く風邪を治して、会いに行こう。


  1. 2008/03/13(木) 18:31:53 |
  2. URL |
  3. のんきはは  #-
  4. [ 編集]

祖母が生前 痴呆症の薬というのを 飲んでいました。
どういう効果があるのか よくわかりませんが、
精神安定剤のようなもの なのかもしれませんね。
祖母の介護をしていて 穏やかな父が 祖母を
叱ってイライラしていた姿を思い出します。
お父様 一人になる時間があるのでしょうか?
お父様とご主人様で 気分転換に出かけることも
必要かもしれませんね。できれば 次男くんも
男同士で一緒に....
親の介護...いつかは 私もする日がくるのですね。
  1. 2008/03/13(木) 16:00:07 |
  2. URL |
  3. kiyoyo #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://mamu52.blog56.fc2.com/tb.php/152-ae5ea5a3
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。