おかえりなさい  

泣きたくなったらおうちへ帰ろう。

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不登校記念日

10月5日の早朝に
息子は頭からすっぽりと毛布をかぶり
寝室に入ってきて
「お母さん・・俺、学校行かんから・・・。」

そう言ったよね。

あれから3年目の10月5日。
朝5時過ぎに新聞配達から帰ってきた息子は
一ヶ月間、自分一人だけで稼いだ初バイト料を(先月は母と半分ピース
ポンとテーブルにおいて
「おかえりなさい、頑張ったね~。」という母に「おう。」と言った。

一寝入りしてから、髪を切りに行こうかな・・・と言う。
美容室に向かう車の中で
「こんな季節は、いろんな事思い出すわぁ~~。3年前の今日だったよね。(学校)行かないっていったの。」

「じゃったっけ?」

こんな事、覚えていて何になるんだとおもいつつも
何度も何度も繰り返した記憶がすっかり、心に刻まれてしまっている。

空気の冷たさ。虫の鳴き声。収穫後の田んぼの風景。
すぐに3年前に戻れる。

「すごい3年間だったね。」というと
「マジ。」

「3年後、自分で稼いだお金で髪を切り、黒に戻すなんて想像もしなかったけど、ね。」
「ホントやねきゃー!。」
 その時は、どうしようもないトンネルの中にいて
自分自身の事じゃないだけに歯がゆく、自分のことでは無いからこそ悔しく、悲しみ、怒り、失望もしたけれど

人は変わるし、状況は変わるし、道は見えてくるってもんなんだ。
“普通”であることに普通以上にこだわっていたのは私で、
私たちの時代で、私の育った環境なのかもしれない。

みんなと同じであるという安心感の中で
自分の育ったと同じ『トコロテン』のように学校を流れてくぐれば
きっとそれなりに自活して
平和で楽しい子育てが終わる・・とでも信じていたように
思えば、学校に行かなくなる日まで
うちは“普通”だったと思って安心していただけ。

そして今、普通じゃないか・といえば
この毎日もまた普通な気がする。

10月がはじまるたびに
毎年毎年、思い出すのだろうか。
夕暮れの中学生の姿を見るたびに悲しくなるのだろうか。

去年とは少し違う今年の感情は、息子が笑って過ごしているからだろう。
母が、この記念日を忘れてしまう頃は
あの中学時代の自分を
息子が自分で理解できるようになってるのだろうか。

来年の10月は
中学生の次男と、どんな私がいるのだろうか。


  1. 2007/10/06(土) 18:33:21|
  2. 「学校すかん」長男|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:8
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コメント

のんのんさんへ

はじめまして。
のんのんさんのブログにお邪魔しましたら
直感的に「こりゃあ若いなあ~。」って思っちゃった。
そうそうグッチさん、とっても都会的で素敵な方でした。

“陰日向に咲く”観に行かれたんですね、いいなぁ。

息子は不登校になって
思春期外来で医師に診察を受ける機会があったのですが
「むしろ中二まで、よく学校に頑張って行けたね。」って言われました。
小学高学年から、人と違う自分に気が付いていたのだそうで
“孤独感”“疎外感”もあったのでしょう。
それなのに部活で集団行動を強制されてしまい(それが部活なんですけど)プッツンと切れてしまったのです。
今となっては、こう簡単にいえるんですが
頭で判っていても、感情が付いてこないんですね・・・母は。
何度でも泣けてきます。

これからも遊びに来てください。
  1. 2008/02/10(日) 21:32:30 |
  2. URL |
  3. ぺいんとまま #-
  4. [ 編集]

はじめまして

初めておじゃまします。古い記事にごめんなさい。
うちの長男が学校に全く行かなくなったのも3年前の同じ10月の最初だったなあと思って(だからぺいんとままさんちとほぼ同じですね)。
うちの場合は小4になって急に休むようになって、夏休み明けの9月にはついに一日おきになって息も絶え絶えな感じで、
わたしもやっとあるサイトを見てこれがどういう状態かわかって、もう涙が止まらなくて(どうして学校に行かなくなったのかは今でもわからないのですけどね)。

で、本人からではなく、わたしが朝泣きながら「もう学校行かなくていいよ」と言ったら、
ほんとに久しぶりに心からの笑顔を見せて「うん。ボク、どうしても学校に行きたくないんだ」と言った。

日付ははっきり覚えてないけど、たぶん10月最初の平日(1日ではなかったと思う)、それが我が家の不登校記念日です。
息子さんは自分から宣言したのですね。
すごい勇気だと思う。素晴らしいです。

上のみなさんのコメントを読ませていただいたら、
息子さんたち(みんなご長男ですね)の様子が長男の当時の様子とダブって、
ギリギリまで頑張ろうとしていた姿が切なくていじらしくてちょっと泣けてきました。

うちには次男、三男の不登校記念日もありますが、ますます長くなるのでひとまずこのへんで(笑)。
  1. 2008/02/09(土) 07:03:22 |
  2. URL |
  3. のんのん #.uGei.uM
  4. [ 編集]

パンダままさんへ

本当にむしろ本人よりもしっかりと
(女性の習性でもあるのかも・・・)
記憶にプリントしてありますよね。
いつか、思い出になることを信じ、今は経過点だとおもい、賢く、慎重に、しっぱいの内容にと、
初めての聞いたことも見たこともない経験を
親と子で対処していくこと。
パンダママさんの言われるように
「間違ってなかった」といえる時には
家族の絆がもっともっと強くなっていたいですね。
  1. 2007/10/21(日) 08:42:44 |
  2. URL |
  3. パンダままさんへ #-
  4. [ 編集]

忘れられない出来事

ぺいんとままさんと同じに、忘れられない出来事が、私にもあります。
長男が、起立性調節障害になって、ふらふらと立ちくらみを起こすようになり、私の目の前で失神した瞬間。
日々、体調が悪い中、それを信じない言葉を学校の先生から投げかけられた時の長男の顔。
私がかけた学校への電話で、思いもよらぬ言葉を言われ、あまりの悔しさで号泣した事。
姫が、教室に入れないといった日の事。
その他、たくさん。
私にはこんなに忘れられない日があるんだ!と、ぺいんとままさんのブログを読みながら、自分の事を思い返していました。

これらの事が、この先、笑って話せるようになるのかは、わかりませんが、
責めて、
「私達がやってきたことは、間違ってはいなかった!」とは、思いたいですし、
子供たちには、そう思って欲しいです。
  1. 2007/10/16(火) 12:08:39 |
  2. URL |
  3. パンダまま #ehuBx04E
  4. [ 編集]

グッチさんへ

お返事を書こうとしてる間に、息子が
次々と事件を起こしてくれて、血圧上昇中です。
なんだかこの季節は、狂ってしまうんでしょうかねぇ。
今回は大いに反省してますが、幼い子供みたいに頭ごなしにも怒れず・・・
10月は毎年毎年、恐怖です。
  1. 2007/10/14(日) 22:20:34 |
  2. URL |
  3. グッチさんへ #-
  4. [ 編集]

驚いたことに

もうすっかり、息子とのそういう日々は
自分の中で過去になった思ってたのに、
コメントを読んで何だか泣けてきました。

涙のわけは、辛かった日々の自分に同情してるんじゃなくて
今の息子の笑顔のためによく頑張ってきたよなぁっていう
自分へのエールみたい、な?だと思います。

それと、息子がどんなに勇気を出して
学校に行かないことを決めたのか、
今更ながら息子の気持ちになって考えました。
親なんかより、何倍も苦しくて辛かったに違いない、
よく頑張って生きてきたなぁと誉めてやりたくなりました♪

私も同じく、
息子のことを信じて、大丈夫だと思ったところからが
親子でのやり直しの始まりだったと思います。
世間はウチの子を育ててくれない、
自分の子は自分で信じないと・・・ですね。
  1. 2007/10/09(火) 22:01:33 |
  2. URL |
  3. グッチ #-
  4. [ 編集]

のんきははさんへ

行く、と言って四つんばいで戦ってる姿・・・
そんな場面はなかったけれど、
息子の姿をみるようです。
眠れなかった自分に疲れ果て、しらじらと夜明け始めると
もう行かない、と布団の中で、決める。
階段をあがってくる母の足音は、その日の最初の試練だったはず。
怒っても、泣いても、説得しても・・・黙って部屋を出て行っても、
息子は動けない自分にまた落ち込んでいくのがわかった。
やけに明るくハイテンションで夕方、リビングに現れていたけれど、無理がみえた。
毎日の暮らしで
息子が“責め”も“逃げ”も感じずに
認められ愛され安心できる場所を作ることが親の役目だと、腹をくくってからは
私も、楽になってきた。

こいつは大丈夫・・と信じることから
自分のやり直しでした。
  1. 2007/10/07(日) 10:59:19 |
  2. URL |
  3. のんきははさんへ #-
  4. [ 編集]

あの夏の日

長男の場合は"宣言"はなかったので、私が『あぁ、こりゃぁだめだわ』とあきらめたのは、梅雨もそろそろ終わりかなと思われた夏の初め頃。毎晩のように「明日は学校へ行くよ」と明るい顔で眠りにつき、でも朝になると起きれなくて 結局欠席という日が数日続いていた。その日も無理かなとは思いつつも、息子の部屋へ行くと、「今日は絶対行く」と言って起き上がろうと四つんばいになった姿勢で・・・固まっていた。一時間その姿勢のまま。手に持っていた制服がくちゃくちゃで・・・。『あぁこれじゃぁアイロンかけなきゃだめじゃん』なんて見当はずれな心配をしながらも、こいつは二度と学校へは戻らないんだと実感できた。覚悟がきまった。
担任に、「今後は出席できそうなときだけ連絡します」と告げ、私も学校と連絡する苦痛から逃げ出した。
夏休みの終了間際、反対を押し切って髪を染めたのが、退学宣言だったと思う。制服はすでに押入れの隅にぐちゃぐちゃに押し込まれていた。

カーテンを閉め切った薄暗く、冷房ガンガンに効かせた部屋。四つんばい。苦しそうな顔。しわくちゃの制服。

うちが普通じゃなくなった日の思い出?
いや やっぱり普通だよ。
先日友人から 私が呑気すぎると指摘があった。事件に巻き込まれることも多く、先日もなんか怪しいことがあった。
でも、「こいつは大丈夫」とへんな自信がある。大丈夫さ。
  1. 2007/10/07(日) 08:46:22 |
  2. URL |
  3. のんきはは #-
  4. [ 編集]

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