おかえりなさい  

泣きたくなったらおうちへ帰ろう。

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携帯履歴をのぞく

息子に携帯電話を初めて買い与えた時、
すごい額の請求がきた。出費

学校に行かなくなってから
友人との連絡は"携帯電話しかない”という息子の訴えに対して
閉じこもってしまう恐怖に、負けてしまった甘い母は

父親の名義なんだから、「通話記録を知る権利がある」む~っ
といって、プラス100円の通話記録の公開一覧を次の月から受け取ることにした。
一ヶ月間には3枚裏表にもわたって、記録されていた。

それ以来、もう3年は過ぎただろうか
1時間もしゃべってるとか、頻繁に連絡しあってるやつ(笑)とか
母が、そんな事を調べていたのは始めだけだった。
もちろん、息子には金額を言って注意を促すだけで
詳しいチェックを入れたりはしない。
番号がわかるだけで、名前も年齢も性別も(当たり前か)知ることはない。

ただ、あの頃、母として、見失ってしまった息子の感情が
どこの誰に向かって噴き出しているのか
その相手、いやその番号だけでも手元におきたかったのかも知れない。
その記録を手にしてることでなんだか安心していた。
心のどこかでは
犯罪が起きる前に、なにか手がかりになるかも、とか
実はそのくらい、うちに出入りする マジですか  同級生を警戒していた。

請求額も一定になり
ドラムに熱中し始めてからは通話より
音楽 音符 ダウンロードに使うようになり、バイト代でまかなうようになってからは
母も、もう通話記録は必要ないかなと思う。

そう思いながらも、今月とどいた請求書は
いつもの金額(1万強)ながら、記録枚数が1枚。
一ヶ月に自分からかけた通話がほとんどなくて
父や母にかけた回数が珍しく目立つ。
たいていはアッシー要請電話だけど。

彼女は・・・どうなったんだ?
一方的なあっちからの電話だけ?まさか。
最後にうちに来たのはいつごろだろうか。
終わったのかな・・・と感ずくよね。

息子がバンドからはずれて一人になる時には
並行してガールフレンドが出現する。

「あんた、来る者は拒まず?」ポーカーフェイスだけれど
「誰でもいいってわけじゃないやろ?」

「そら、誰でもいいってわけじゃねぇわ。」

そういって連れてきた今どきのあの娘は
コンビニでバイトしてるらしい、満面笑顔の活発そうな高校生で、体育系・・・
ドラムをやってるという共通点があった。
車の後部で、こそこそ話さないから好感もあった。(爆)

たぶん、フェードアウト。
それも、あの女の子から。

携帯の履歴から少し垣間見ているつもりの母だけど
これもやっぱり覗きといやぁ覗きなんだろうな。

親子の間のプライバシー尊重する事は、信頼するということで
覗くということは、疑う、という事。
(体験者は語る。)

もう自分で料金を払う息子の
携帯履歴はキャンセルしよう、と反省した。



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  1. 2008/07/15(火) 16:26:17|
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Go to TOKYO.

21歳のとき、錦糸町に住んでました。

バイトでためたお金持って、7月に故郷を出発して

半年で、帰ってきました。

夢破れてというよりも(芝居をしてたので)

なんだか気がすんじゃって。

東京に住んでみたかったんでしょうか。

あの頃の自分はよく思い出せません。

東京でも、私は何も変わらなかった。(変わりたかった訳でもなし)

新宿。代々木公園。渋谷。原宿。国技館。中野区。杉並区。・・・マルイ。高田馬場の映画館。

行った記憶はそんなもの。

いつもたいてい一人で、電車と歩きだったっけ。

夕方、ジャージ姿で、銭湯にも行って

友達もすぐ出来て、(北海道の自称hamiちゃん・・・だったっけ)

たしか阿佐ヶ谷に住んでいて、お泊りっこした。

飲みに行った居酒屋で、あまりの混雑振りに、2人して手伝い始め

そのまま閉店まで働いちゃって・・・

一枚だけ、写真あった。しかも後姿。どうしてるかな。

同じ研究所の男の子と喫茶店で話した。あれはデートとはいえない。

大学生だったような?
故郷に戻って以来、誰とも連絡はとらず、未練もなく、置き去りの記憶だ。


なんと、30年ぶりに・・・  東京 です。
思い返せば
九州を出るのも30年ぶり。

新婚旅行は、土砂降りの沖縄だし。
慰安旅行も、一番遠くて種子島。  (←ただ見学)

今回、仕事ですが

一泊伸ばして見物です。

「お台場」連れて行ってもらうんだ。(笑)

あの頃のような恐れを知らない自分がいない。

行動力も、判断力もなくなって、臆病と心配と・・・これってなんだろ。

人は、経験を積むほど慎重になるのか、守りに入るか、めんどくさがりになるか。



ちょっと、うちを離れて、気分転換です。

次男のテスト期間なんだけど

今なら、娘もいてくれるので、ちょっくら行ってきます。花の東京へ。ピース 

木・金・土、お連れ様、よろしく。




  1. 2008/07/09(水) 10:46:12|
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覗きあい

snap_mamu52_20087215544.jpg

こういうもの描いてるうちに
書いてる私が
なんか異常者の思えてきて

別にいいんじゃない、このくらい・・とか

母の覗く姿勢とか、目つきとか・・・ギャル
思い出してるうちに、自分がわからなくなる。

母が私を観察し、覗いていることを知るようになってから

私もまた

母の覗く姿を、覗くようになった。  ガーン

自分が覗かれない為に、先に居場所を把握する。

隠したいことがあるわけじゃないのに
こっそりとひっそりと、小声で過ごす。



アンビリーバボー!!!!

動物園のゴリラじゃないか!!!

  1. 2008/07/08(火) 16:07:11|
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嫁のたくらみ

もう5年も付き合っている彼が「そろそろ、来る予定だからね。」と
ある日娘が言った。
(彼氏が会いにくる=親に話すような話がある)

もとより覚悟の“その日”だけど
父親の心中を察する前に

そう、ギャル
メデューサをどうするか・・が難問だ。

自宅待機で、一週間ほど自宅にいた父とその両親は
さぞかし水入らずで・・・と思いきや
毎日毎日、息子を伺い、
「何しよっと?」「今日は仕事は?」「なんか食べに行こかい?」の質問攻めで
ついに父は自分の存在を、消す?っていうのかな。
気配を消す。息を殺して潜んでいたらしい。

知り合いの訪問者があり、玄関で説明を聞いていたら
押し売りでも、セールスでもないのに義母は

父、つまり息子なんだけど・・その後ろに仁王立ちになり
どこから来たのか、うちの前にはどこの家にいったのか、何の用事かを
何回も何回も訪問者に聞き続けた、らしい。
きっと応対者が私だったら、出て来れないのだろうけど
(おそらく庭先まで出てきて、外から聞き耳を立てることくらい)
息子なんだから遠慮はない。

気の毒になった父が
「お母さんはあっちに行っちょって!」というと
「あんたは騙さるっちゃが!」
「そんげな人と話なんな!」とその場で言い張り、
ついに父は訪問者に帰っていただくことになる。

この頑固さに、義父はあきらめ、聞こえない耳を持つことになったに違いない。

次男の家庭訪問では・・・あれは心地よい春風の頃だったが
まだ同居2ヶ月目で
仕事を休んでバタバタ大掃除中の私を
庭先に椅子を運び、外から観察していたようだった。
先生が来るまで。

ところが、時間を聞いていない義母は待ちきれず
油断して部屋に戻った午後3時・・先生はやってきて訪問を終えて帰られ、
すれ違いのように義母が、再び門番のように現れ
テラス越しに室内を、身を乗り出して覗いていたものだった。

帰った後ときくや
「見らんかった、知らんかった。いつきたつけ?」」
「何を聞かれたっけ?」「私たちのこと、なんかゆうたけ?」
「車の音がせんかったが、こっそりきたつけ?」 (なんでや?!)
「どこに住んじょらす人け?」「なんか私たちのこと言わんかったケ?」

そして、義父に「あんたは気がつかんかったっけ!」と怒る。

間違いない。被害妄想性人格障害だと私は思っている。


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  1. 2008/07/07(月) 16:01:53|
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その男、イケメンにつき要注意

今朝、会社へ向かう途中に
息子の友人だったKを見かけた。

こちらはやや渋滞気味。
Kは、道を横切ろうとたたずんでいた。

登校する時間。
私服でばっちりきめている。(ん?休みか?)

目が合って、しばらく見合った。

「何でもかんでも親に言いやがって。」
「お前のようなビビリとは誰も遊ばん。」


最後に息子に送りつけてきたメールの言葉が頭を駆け巡った。

偶然にも、前日、
スーパーであったお母さんが
「最近Kのこと聞いたよ。うちの息子たち、お金せびられてた見たい・・・昔。」

久しぶりのKの姿だったが、相変わらずのイケメンで
知らない人は、その姿形だけで
「いい子に違いない。」
ときっと親切に振舞うんだ、あのころの教師陣のように。

犯罪性のある子が犯罪者の顔をしているとは限らない。

いつだったか
「あんなことがあったね、と笑い会える友人に戻れるだろうかね。」と
理想論を並べた自分に、息子は
「ならんでいい。」とはき捨てた、でも寂しそうに。

友人に戻るということは
同じ歩みをするということ。
同じ立ち位置ではなく
縦の順列のどこかに納まるということ。

中学の頃の息子を囲む環境は、そうだったんだ。

今は、平安な気持ちで
ただ
音楽を奏でるためだけに集まるメンバーと

年上の社会人や、ちょっと服装はダサメの、いやそこにお金なんかかけないという
プライドを持った仲間と
清い良心がある。

親の離婚で荒れる子供はいる。
自暴自棄も、あるだろう。
大人なんかだましてやれ、とか
他人に八つ当たりもしたいだろう。

でも、自分で蒔いた種は
自分が、刈り取ることになる。

君子、危うきに近寄らず。(キミコと読まないで~
イケメン、要注意だ。

  1. 2008/07/01(火) 16:08:03|
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