おかえりなさい  

泣きたくなったらおうちへ帰ろう。

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『母親というものは』

先日、あちこちのブログを訪問していたら
こんな詩に出会いました。
この方の本を、読んでみたくなりました。


母親と言うものは無欲なものです

我が子がどんなに偉くなるよりも

どんなにお金持ちになるよりも

毎日元気でいてくれることを 心の底から願います


どんな高価な贈り物より

我が子の優しいひと言で

十分過ぎるほど幸せになれる


母親と言うものは 実に本当に無欲なものです


だから  母親を泣かすのは

この世で一番いけないことなのです


      (詩   葉 祥明)


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  1. 2007/10/29(月) 15:05:36|
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友を選ぶ

土曜日、珍しく息子が朝からバイクで出かけた。
「ちょっとKと出てくる。」と言ったけれど
行く先を言わないって事は、なんか言われたくない場所?

「事故に気をつけてね。」と声をかけるものの
コレばかりは予見出来ないなと思いながら、見送った。

それから1時間後にかかってきた電話のディスプレイで、
スーッと血が引いていった。
(事故だと思った)
呼び出された派出所の一室で息子は待っていた。


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  1. 2007/10/24(水) 16:38:37|
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荒れた中学校

息子の通った中学校のうわさを聞いた。
高校の説明会の日に、学校にパトカーがきたらしい。

問題を起こしている子は(子達)は
息子の世代の2つ下・・・中三だ。

「校長先生が変わったから」という説。
「締め付けがきついらしい」という説。
 ○○小からの子供は、悪い・・・という定説。

先生を教室に閉じ込めた・・とか
若い先生を殴ったとか・・・。


息子が中学に行かなかった頃、卒業まじかに
突然に正門に掲げられた「文武両道」の大看板は
今でも、母の神経を逆撫でする。

荒れた中学校の原因は、家庭の問題といえばそうかもしれない。

でも当人たちにとってそんなことはどうでも良く
ただただ、何かの信号を、怒りを
発し続けているのかも知れない。

なんだかやりきれない・・・
そんな中学校で、親も、子も、先生たちも
同じ時間を共有し、くたくたになるに違いない。




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  1. 2007/10/22(月) 15:30:08|
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不登校記念日

10月5日の早朝に
息子は頭からすっぽりと毛布をかぶり
寝室に入ってきて
「お母さん・・俺、学校行かんから・・・。」

そう言ったよね。

あれから3年目の10月5日。
朝5時過ぎに新聞配達から帰ってきた息子は
一ヶ月間、自分一人だけで稼いだ初バイト料を(先月は母と半分ピース
ポンとテーブルにおいて
「おかえりなさい、頑張ったね~。」という母に「おう。」と言った。

一寝入りしてから、髪を切りに行こうかな・・・と言う。
美容室に向かう車の中で
「こんな季節は、いろんな事思い出すわぁ~~。3年前の今日だったよね。(学校)行かないっていったの。」

「じゃったっけ?」

こんな事、覚えていて何になるんだとおもいつつも
何度も何度も繰り返した記憶がすっかり、心に刻まれてしまっている。

空気の冷たさ。虫の鳴き声。収穫後の田んぼの風景。
すぐに3年前に戻れる。

「すごい3年間だったね。」というと
「マジ。」

「3年後、自分で稼いだお金で髪を切り、黒に戻すなんて想像もしなかったけど、ね。」
「ホントやねきゃー!。」
 その時は、どうしようもないトンネルの中にいて
自分自身の事じゃないだけに歯がゆく、自分のことでは無いからこそ悔しく、悲しみ、怒り、失望もしたけれど

人は変わるし、状況は変わるし、道は見えてくるってもんなんだ。
“普通”であることに普通以上にこだわっていたのは私で、
私たちの時代で、私の育った環境なのかもしれない。

みんなと同じであるという安心感の中で
自分の育ったと同じ『トコロテン』のように学校を流れてくぐれば
きっとそれなりに自活して
平和で楽しい子育てが終わる・・とでも信じていたように
思えば、学校に行かなくなる日まで
うちは“普通”だったと思って安心していただけ。

そして今、普通じゃないか・といえば
この毎日もまた普通な気がする。

10月がはじまるたびに
毎年毎年、思い出すのだろうか。
夕暮れの中学生の姿を見るたびに悲しくなるのだろうか。

去年とは少し違う今年の感情は、息子が笑って過ごしているからだろう。
母が、この記念日を忘れてしまう頃は
あの中学時代の自分を
息子が自分で理解できるようになってるのだろうか。

来年の10月は
中学生の次男と、どんな私がいるのだろうか。


  1. 2007/10/06(土) 18:33:21|
  2. 「学校すかん」長男|
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母の事

母は17歳で母親を亡くした。
子宮癌だった。
弟が3人、妹が1人。先妻の忘れ形見の3つ上の姉が1人。

きっと食べ盛りだったに違いない。

新しい義母がきて
幼い乳飲み子を残し、また亡くなった。

母の20代は弟や乳飲み子の世話で
青春はなかっただろう。

29歳か30歳で結婚した。

すぐに長男が産まれたが
産声を上げず、お産婆さんがおしりをバシバシたたいて
蘇生させたらしく
母の話ではお腹の中でも、ほとんど動かなかったという。

兄は3歳でやっとつかまり立ち・・・
成長の遅れがはっきりと見え始めた頃に私が産まれた。

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  1. 2007/10/01(月) 21:42:00|
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