おかえりなさい  

泣きたくなったらおうちへ帰ろう。

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何事も勉強

駐車場に停めてあるバイクを時々眺めては
ゴキゲンだった息子が
一転不機嫌アップロードファイルになり、私の周りでウロウロし始めた。

携帯片手に睨みながら、
「なんでオレをいちいち通すとや!オレは関係ねぇし。」

兄から譲り受けたバイクを売りたい友人Aがいて
その種のバイクを欲しがっている友人Bがいて
二人を紹介したのが(口を利いた)息子らしい。
互いに、電話番号もアドレスも知っており
交渉が自分たちで進む間は問題なかったらしいが
話が、こじれ始めた。
売りたい友人Aが、イハンキップを切られ
買いたい友人Bに“罰金代に充てる”為に一時金を渡せと言うらしい。

その辺りから、二人は息子を介して、やり取りをするらしく
つまり、信用されてるのは息子なわけである。
その一時金とやらを、受け渡すのに
息子が渡り鳥をすると言う話が、進んでいるのを知り
息子はキレた。

それで、2人に『NO』という返事をするのに
どういえばいいか、私に聞いてくる。
「だいたい、オレになんもメリットはねぇし。」
「なんも紹介せんければよかった。」
「オレが今から(夜9時で)いって預かって、Aんちに届けてもらうってBが言ったらしい。オレ、知らん、って返事したら、Bがイライラするって返して来たつよ。」

ブツブツと話す息子の話は
いい人生勉強の材料だな。
そう思いながら、聞いていた。
落ち着いて聞けるようになったのも
今まで、なにやらやらかしてくれた息子のお陰でもある。

人間、動けば摩擦は起きる。
良かれと思ってした事でも、どこまでが責任もてるかを
理屈じゃなくて、直感で、対応できるようになって
はじめて、信頼されるようになるのかもしれないなぁ。

返信メールを私に読んで聞かせる。
【2人で直接、交渉してくれん?わりいけん。】
「これで送っちゃろ。」汗

なんという言葉少なさ!アップロードファイル

母が息子に聞いた一連の流れを、質問しながら確認していると
お風呂から上がってきた姉が、黙って聞いていた。

B君はバイクの料金15万が妥当だと思ってると?
「うん。欲しい。絶対欲しいっていいよる。」
母には相場が分からないのだが、姉が助け舟。
「まぁ、そんなモンかもね。」
通信制の彼は、昼間ずっとバイトをしていたし、一時金が何に使われようと関係はない。とにかくそのバイクがいいのだ。
A君には、親に頼れない事情があるから
なんとか、お金を手に入れたいらしいし・・・。

「オレが余計な紹介したのがわりぃっちゃろか?」

わずらわしくなってしまった事に、関わってしまったのは
そういわざるを得ない。
「でも、こんな事、生きていれば何回でも起こる事じゃない。」
「そうそう。あんたは紹介した所までで、後は二人でやってもらえばいいとよ。お金の受け渡しまでして、もしバイクに不備があったり、事故ったり、名義(兄のものだったはずだし)や税金やいろいろあとでトラブルがあった時、ずっと関わってくるよ。」

「ああ!うぜええ!!」ta

「お母さんは、親は知ってるのか、やっぱり心配よ。そんな大金はたいて、自分のお金とはいえ・・・ねえ。」
「領収書でのやりとり、保険の事、親に相談して決めるのが、絶対にいいと思うわ。」
母の頭の中では、彼の両親共が学校の先生である事や、(どこかの校長)
彼が、普通校を退学して、通信制に編入した事情もある事だろうとかあれこれと気をもんでいた。
通信制でできた唯一の息子の友人だった。

「情報を教えてあげたあんたは、親切な動機でも、
教えられた相手の判断力・・とか、経験とか、お金がからんでる時は考えんといかんよね。だから、教えてあげたのなら、そこまで。責任取れないならもう動いちゃいかんよ。」

母「親に・・・相談してみたら・・・ってちょっといってみたら?」
息子「・・・・・。」
姉「・・・あんた、幸せよ。母さんが話し聞いてくれるから・・。」

ああ、そうやねぇ。娘には、そういわれると辛いモンがある。アップロードファイル

二人の友人から
「わかった。」という返事をうけて
息子はなんだかすっきりとして、部屋に向かった。

この一連の話を、アップロードファイル黙って聞いていた次男が
口を開いた。、螯rヲW、J、Oつづく

      

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  1. 2007/06/26(火) 09:53:04|
  2. 「学校すかん」長男|
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バイクに乗って

息子のバイクを貰いに行って来た。
父と、息子と、私で。

いろんな手続きをして
私が、1時間半かけて自宅まで国道沿いを乗って帰ってきた。

途中、雨が降って
横風が吹いて
橋では・・突風。

大型トラックが通ると
ハンドルが揺れて
でも、たいていの車はおおきくよけてくれた。

父と息子は、途中までスピードを落としながら付き合ってくれたけれど
最初の打ち合わせどおりに
先に帰っていった。
ただ一路、真っ直ぐ行くだけの道。
助手席から息子の心配そうな顔が抜いていった。アップロードファイル←まさか


毎日、新聞配達で乗ってるとはいえ
国道は、ちょっと緊張した。

到着した我が家から息子が走り出してきた。
どんなもんだい。
得意そうに言ったけれど、息子が安心したのが伝わる。

「一度、太平洋沿いのツーリングをしてみたかったけど、
50歳前にして経験するとは・・・ね。
お母さんって、凄いよね。アンパンの人あんた、うちの母さんはすげえって思ったやろ?!」

到着して取り敢えずは、ご心配をおかけした方に電話をいれた。

「はいはぁい。ライダー○○でぇす。無事、到着いたしました。
雨有り。風有り。突風有り。まるで人生の縮図でした。」

息子のためならエンヤコラ。
この御恩、忘れたら許しまへんでえ!!

  1. 2007/06/25(月) 00:10:51|
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声に癒されて・・・

Girl / ザ・ビートルズ


Is there anybody going to listen to my story
ALL about the girl who came to stay
she's the kind of girl
You want so much it makes you sorry
Still you dont regret a single day

Ah,girl...girl...girl...

when Ⅰ think of all the times
Ⅰ tried so hard to leave her
She will turn to me and start to cry
And she promises the earth to me
And Ⅰ believe her
After all this time Ⅰ don't know why

Ah,girl...girl...girl...

she's the kind of girl wto puts you down
when friends are there
You feel a fool
When you say s he's looking good
She acts as if it's understood
she's cool...ooh,...ooh,...

Girl..girl...girl...

Was she told when she was young
That pain would lead to pleasure?
Did she understand it when they said
That a man must break his back
To earn his day of leisure
Will she still beleave it
When he's dead

Ah,girl...girl...girl...
    

久しぶりに英語をたどってみると
カタカナ読みして、単語をたどる東洋人でした。
ゆえに誤字は堪忍してください。
コピーしないでがんばりました。
和訳は・・・ギブです。
悲しい歌詞かな。


  1. 2007/06/20(水) 09:49:02|
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次男の登校しぶり

今朝は次男が
「喉が痛い。」といいながら起きて来た。
体温計をごそごそ取り出して、脇に挟み
目は宙を見ている。´д`トホホ

「お母さん。風邪引いたかも・・・学校、休みたい・・・。」
ほら、きた。!?
一週間に一回は、なにやら理由をつけてコレを言ってくる。

「かも・・じゃ、休めないわねぇ。熱がある?」
36.2度

「鼻水、黄色いよ。これってばい菌が入ってる事やろ?」
「ばい菌だけど、病気とは言えないねぇ。」

ソファにすわって、じーっと時計を見ているようだったが
ホウとため息をついてパンに手を伸ばす。アップロードファイル
食欲は・・・ある。味もわかるようだった。

「ねぇ。自分の身体なのになんで親の許可がいると?」
そうきたか。苦笑
「じゃあ、きつくなったら電話しなさい。すぐ迎えに行ってあげるわ。」
私が返事に戸惑ったのは、動転してるからか。

「お兄ちゃんは・・・」と言い出すんじゃないか、怖い気持ちと焦りがあった。

小学校の女教頭先生にもらった
捨てられないで箪笥の奥に封印してある手紙の文面が頭をよぎる。

「お母さんが簡単に、あらそう休みなさいと言えば、子供は休んでもいいと思うようになるんではないですか?学校の事は学校に任せて・・・。」

この手紙の事は、まだ書けずにいる。
実際には、書きながら思い出し泣きしては、出来上がった文章を間違って消してしまう事を
2度もしてしまった。がああん…。
こんな方が校長先生になっていくと思うと絶望だ、と思った証拠文面。

でも、書かれた言葉は記憶の中に焼きついていて
次男が「学校休みたい信号」を出す度に
「お母さんのせいでしょう。」と言わんばかりのあの文面が
頭の中を流れ始める。

風邪だから、休みたい。
風邪だと言う事にして休ませようか。
押し問答をしながら、内心ではグラグラ迷っていた。

何のために学校へ行くのか・・朝からまた、こんな説法をしたくも無い。

機嫌悪く落ち込んでいく母と
座り込んで動かない次男と
気がつかないで出社準備中の父と
雲行きを察して、パンとコーヒーを自分の部屋に運んでいく姉と

ああ、そして今朝も夜明けまで起きていた息子が私を揺さぶる。

また、次男が一言。「今日だけ、休んだらダメ?」

ta  
じゃ、自分で学校に電話しなさい


語気を荒げて、(かっこつけずに言えばキレたんだけど)
電話が嫌というんじゃなく、母がキレたことで腹を決めた次男は
「もういい・・もうこの話はいい。」と言って
とうに着替えて、帽子も被っていたのだが・・静かに玄関へむかった。

いってきまぁす・・・アップロードファイル

このあたりで状況に気付いた父が
「他に行きたくない理由があるっちゃが・・・たぶん。」と言う。

キレたうえに、噴火した。
「こんなこと、今日が初めてじゃないっちゃから。気が付いてたら何かやってみてよ。
全部、私が引き受けるのは無理やろ?傍観者にならんでっ。」

父・・・だんまり団子郎。
母・・・星飛生馬燃える速球。

「もし次男が不登校になったら、私は家を出て行く!」
はぁら、言っちゃった。汗

   横顔
わかった。」

そう言って、父が出かけた。
今日の母はヒステリーと体調不良で、どうしようもない。

出て行けない事を、知っていながら
何もかも投げ出したいような衝動がある。









  1. 2007/06/19(火) 10:45:19|
  2. ノビ太癒し系|
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やっぱり甘い

車の免許をとった先輩が
バイクを譲ってくれるという話も幾つかあったようだったが
そう簡単に子供達だけで成り立つ話でもないと
話の進展もなく、母も動かずにいた。
保険や名義変更や必要な事柄は、全部、母任せになる事は目に見えてる。
まぁそういう事は特に、母がやったって構わないが
バイクを母が、駆け回って捜して、調達して、与えるなんて事は
まずあり得ない。・・・・・はずだった。

バイクが欲しい。
バイクがあればなぁ。
誰かバイクいらないって言わないかなぁ。
そんな事ばかり言っている。

バイトして買おうとか、
いろいろ値段の相場を調べるとか
なぜそういう事、しないか・・“棚ボタ野郎”じゃん!!

「バイクがあれば日曜のスクーリング(30分)は、自分で行く。」とは言わない。
「バイクがあれば、バイトも通いやすい。」とも言わない。
そんな気はさらさらないんだ。
ただ友達が幾人か、自分で買った中古バイクで(ほとんどバイトしてる)うちに集まって来て、
きっとバイクの話題で盛り上がるんだろう。
許可のない免許取得は学校で禁止されてるらしく、おそらく
“全員限りなく怪しい”親公認・・・か。

堂々と乗れる怪しまれない立場の息子は、
自分も風をきって運転しながら、誰かのうちへ遊びに行く姿でもイメージして、
そんな思い付きの「るんるんバイク」が欲しいという発言。

そんな事まで分かっている母だった。

10年以上も前に故郷から、この地に引越してくる時に
我が家には買ったばかりの新車バイクがあった。
軽自動車1台とこのバイクで、当時4人家族には充分だった。
父がバイクで、いきなり左折の車に引っ掛けられてから
バイクは、知り合いのお世話になった方の、22歳の息子にただで譲った。
(我が家はついに車2台の時代に突入したのであった。

その時の青年に久しぶりに故郷で会ったら、3児のパパアップロードファイルになっていた。
我が息子の話になり、当時3~4歳が、もうバイクも乗れる16歳だと知ると
乗らないバイクがあって、それをくれると言うのだ・・・た、タダで。
傷と割れた箇所があるが、新車で20万したらしくほとんど乗らないのだそうだ。
それは息子が欲しがってた、スクーターでヘルメットも付きで、しつこいがタダ。パイレーツ
・・・・母の中で葛藤と自問・・・タダか。(爆)照れ

最低必要経費って奴があるだろう03
事故って大怪我でもしたら、後悔先に立たず・・だ。
だけど、この先「危ないからダメ」では通用しない時が来るに違いない。
息子はこうやって“待てば海路の日和あり”な経験で生きてきた。ベー
欲しい欲しいと連発している物は、まだまだたくさんある。
母が、また解決して良いのか。(いいのかぁ??カオナシ?)

「バイク代(正しくは諸費用代)自分で出す気ある?今年も精米所のバイトする予定あると?」
メールの返事は「精米所、絶対、行く。」

故郷から、自宅へ向かう車の中で
息子の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
いただく件、ひとまず保留にしたとはいえ、頭の中でお金の工面をしている自分。

やっぱり、甘いなぁ。
バイト代から、どれくらいを支払わせるか・・・



  1. 2007/06/18(月) 10:22:50|
  2. 楽我記|
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中1の担任

息子がうちで、私と過ごす時間が多くなってから
それまで背中で聞いていたような話も
出来るだけ表情をみて話すようになった。

当の本人はこちらを向くわけではないが
視線を感じながら話すようになって
ぽつりぽつり学校で起きた出来事から話して聞かせた。

「高校行きたいなら、このくらいは覚えておきなさい。」
「入試にはこれは必ずでるから。」
「高校行きたいなら、この中学校の代表として立派な振る舞いをしなさい。」
「高校行きたいなら・・・。」
中1はのっけから受験ムードだった。

じゃ、高校行かんならどうやと?
まだ頭からタオルをはずそうとしないで、最近の怒りから語りだす。

中1の担任が家庭訪問に来た4月。
テーブルについて話された事は
希望校・受験・成績・・・の事だけだった。
前年、中3を受け持っていた先生は、まだその受験モードの中なのか、
この1学年から取り組ませる事が良いと思われていたのかもしれない。
息子の中学校は、担任が一緒に持ち上がっていく。
数人の先生で、卒業まで担当するわけだ。

5月には、一人の男子生徒の筆箱を
数人でサッカーボールの如く蹴って遊び、そこにいたメンバーは
その担任に全員顔を殴られた。
テスト前の早い帰宅で、息子は私に
「顔を殴られたから・・・先生が電話してくるはず。一応親に自分で報告しろていわれたから。」
とだけ言い自室にこもった。
「どうして殴られたと?」
「先生が言うやろ。」
息子は口が重かった。

小学校から、“いじめ”で名前があがり、クラスでも何度も話し合いがなされていた生徒とは
修学旅行も、研究班も、遠足も、宿泊教室もいつも
息子の仲良しグループに加わり、一緒だった。
「イジメに加わらないメンバー」として信頼されていた数人が
彼と行動を共にするように、小学校の先生の配慮だったが
息子は内心閉口していたのは知っていた。
思い通りにならないと、激情し、鉛筆を腹に刺された女子もいた。
給食の時、大きなくしゃみをして口から食べ物を噴出し
息子は、それが入ったおかずを泣きながら食べた事があったらしい。
先生に告げるほどの機転も利かなかったのだろう。
そのこは“かばわなければいけない特別な子”だと大人に教えられていたのだから。

殴られた息子の報告の後、先生からの電話で
「お母さんもきっとご存知でしょうが、例の生徒(申し送りされてるみたいで)に対して、虐める行為がありましたので、厳しく罰しました。」
「そうですか。(息子が加わっていたとはアップロードファイルショック!)わかりました。相当の事をしたのでしたら、それは仕方ありません。」
そんな事をいって、報告を受け止めた。


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  1. 2007/06/15(金) 12:04:20|
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梅雨前線

紫陽花のアマガエル。
雨待ち顔である。

070609_1002~0002.jpgポチッと拡大どうぞ


待つ身は辛いねぇ。


朝の配達区域に、アパートが一棟だけある。
空き室の電気のメーターの上にツバメが巣を作っていた。
つがいで出たり入ったりしている。

やがて、こじんまりとした愛の巣で
一羽がそのうちに卵をかえし始めて、
もう一羽が向かいの電気のメーターの上で見守っていた。

数日後。
忘れていた頃に
ピピピピピピピピピピピピピという泣き声で
黄色い口のヒナが、帰宅してきた親の羽音に
口を顔より大きく開けて餌をねだる場面に遭遇。

「子育て・・・ご苦労さん」でちらっと眺めた。


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  1. 2007/06/13(水) 22:25:17|
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息子の明日の予定

入学したての頃は、誰一人知り合いも居なかったからいじけミケムズ
心細かっただろう息子は、スクーリングに出かけるのがやっとだった。
服装髪型規定が無い事、そして一週間に一日だけの人間付き合いで良い事が
当時の息子にとってはベストの学校の条件だった。

半期を修了する頃には、同じ歳の友達が出来た。
息子はしっかり者のM君のたてたスクーリング計画を
そっくりそのまま、一緒に自分も便乗して行こうと思っているようだ。

受ける授業を決めて自分で予定を組み、
登校した日に無駄な空き時間を作らないように計画するのは、
確かに、息子の苦手な作業だろう・・とは思っていた。03
ずるいとは言えないが、こんなトコは要領がいい奴で面倒くさがり。
裏技や短縮の名人だ。tushe

これまでは土曜日になると次の日のスクーリングの予定を聞いて、家族も予定をたてた。
送る時間、迎えの時間。我が家の地の利はちょっと不便で
駅までは車で10分かからないが、自転車だとふた山越える。
バスで乗り継ぎしながら行くなんていう事は、息子の頭をかすめた事も無かろう。かっぱ
息子の授業のカレンダーを冷蔵庫に張り管理して、
何時の授業に出る為には、何時に出発、何時には起こす・・・そうやって最初の半年を送った。
3年間で卒業できるんだろうか。
3年以上、手取り足取りが続くかもしれない・・・と内心情けない心地でもあった。
出来ないのではなく、しなくなってしまった息子は「幼稚がえり」していた。

学校に行かなくなったその日から、学校の教科書・ノート・鉛筆・かばんに一切ふれず、届けられたプリントはそのままちり箱へ。絵文字名を入力してください
生徒からのメモ書きや手紙以外には、目を通さなかった。

前期課程が始まると、息子はM君とよく連絡をとり
(なんせ、全授業が同じなんですから)
台所のボードに
070610_0941~0001.jpg 明日の計画を書き込む。



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  1. 2007/06/10(日) 09:42:17|
  2. 「学校すかん」長男|
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エイリアンの正体

私が12歳の冬からやってくるようになった、毎月のお客様が
息子の不登校辺りから不定期になり
同時に、チョットずつ体が重くなり始めて、
おっぱいの下にエイリアンが巻きついている。

48歳になって、いよいよ一体化しつつあるエイリアンをわしづかみしながら、かつて医師に言われた言葉をかみしめた。

「糖尿」「インスリン注射」「透析」への道。

49歳になってからは、お客様も隔月となり、長居をされたり、お茶一杯で帰られたりで、
お布団だしたり、座布団だしたり。

1月1日。
3月3日。
・・次はこどもの日かな?って思ったら的中で5月5日。
当然次は七夕の7月7日のはずが
このところの食事改善のせいか、しっかり28日目のご来宅だ。

じゃあ・・と楽しみに体重計に乗れば
おっぱいの下のエイリアン越しに、浮き袋があり
そのはるか下でデジタル体脂肪計がピピピと笑った。

親切なデジタルさんが
あなたはただのデブじゃないと、教えてくれる。
身長と、年齢と、LBMで分析されて
ああ、ありがたや“相撲取りゾーン”なんだって大きなお世話。ものくろぶぅ。くろ。




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  1. 2007/06/02(土) 08:34:55|
  2. 痩せる;考|
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