おかえりなさい  

泣きたくなったらおうちへ帰ろう。

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溢れ出した水

息子との約束があり、その時間が迫っていた。
私は、ぎりぎりまで、机一杯にノートや本や電卓をひろげていて、とっても忙しくしていた。
「お母さん。ボクの事は今日じゃなくてもいいよ。」
という言葉に実はホッとした。
「あああそう。わかった。」
という返事だけかえして、私は、自分のしている事をそのまま続けた。きっと、あの子も見たいテレビがあったんだろう。ゲームでもしたいんだろう。そんな解釈をした。

しばらくして、私の「ひと段落」に気がついた息子は
「お母さん。今からでもいいよ。しようか。」
という。

私は、自分だけのまったり時間を持とうと嬉々としていたので、カチンとしてしまい、いきなり一気にまくし立てるように言った。

「そんなに自分の都合で、予定をころころ変えないでよ。お母さんはやっとゆっくり出来ると思ったのに、今からまた準備するのは大変やとよ!!」言い放った。

自分だけで精一杯の、いつもの私・・・だった。

しばらく一人で、ひろげた紙や本を片ずけながら、ホウ、としていたら息子が私のそばまでやってきた。

「おかあさん。今みたいに言われると、ボクの心の中のコップにだんだん水が溜まっていく。そして、このコップが一杯になったら、ボクはどうなるかわからん。自殺するかもしれんよ。」

息子はその時、小学校3年生だった。



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  1. 2006/09/25(月) 09:12:01|
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ちょっと休憩します

追いかけられているような不安感が募った時には
主電源までは切らなくても
OFFモードにて過ごしましょう。

母として、するべき事と、したい事と
人間として、するべき事と、したい事と
世間様の常識での、するべき事と、やってたつもりの事とが


ごちゃごちゃになってしまいまして、
脳内のメンテナンスのため、
しばらくじっと静かにしておきます。


この台風の時期は
私自身もトラウマ。

言いたいことがわからない。




  1. 2006/09/20(水) 11:49:42|
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台風一過

去年の台風の被害を考えて、ちょっと覚悟はしていたが、新聞配達も、どうってことなく終えて、雨合羽の必要もなかった。

日曜も、午後からいよいよだと雨戸も締め切って待ち設けていたけれど、それらしい風雨が30分もあっただろうか・・・

ところが、故郷の友人からのメールで、同じ町内のご主人の実家に電柱が倒れ、屋根が割れたり?して急遽、義父母と同居となり「なんてこった!」状態らしい。いつまでなんだろうってオロオロ。
人生はまっこと予期せぬ展開が待ってるもの。
なに?竜巻?故郷の懐かしい町々がすごい事になってるらしい。息子が行こうとしている高校の近く・・何を隠そう最近は、高校生が深夜刺された事件もあったばかりじゃん。

以前、家屋浸水被害にあったうちの主人の実家も非難したものの、避難先の状況の方がもっと悪くて、怖い目にあったらしい。

急いで、延岡に住む妹のブログを読んだら、旦那の車のフロントガラスが割れたとか、会社の車が何台か横転したとか。電車が横転した直ぐ近くの職場だから、やっぱりなあ。

竜巻や突風ばかりは対処できないですよねえ。
自然災害は人間の無力さを思い知らせてくれます。



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  1. 2006/09/19(火) 14:27:23|
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いつまで赤ちゃん

赤ちゃんの特徴

①口当たりのいいものしか食べようとしない
生まれたての頃は、ミルク。ゴムやシリコンが嫌いな子は母乳だけしか受け付けない。
こだわりの強い子は産まれたときからこだわりをもっている。
ちょっと大きくなっても、柔らかい物、甘い物、飲み込むだけのもの、健康の事なんて考える事は無い。
よくよく言い聞かせても、自分から進んで口にしようとはしない。
好きなものだけ食べる。
都合よくお腹が一杯になったり、減ったりする。
栄養があっても、苦い物、硬い物、は好まない。

②注意力散漫
好きな事には集中しているが、きっかけがあると、目先の事ですぐ気が変わる。
人が持っている物を欲しがる。独占しようとする。
直ぐ飽きる。関心が次々と移っていく。

③助けが必要
好奇心であれこれ手を出すが、後を振り向いて後かたずけをしない。
大人が教え、ともに助けなければ、自分がした事の責任を意識しない。
怪我や驚きやアクシデント(第三者の妨害など)に対処できない為、常に大人の見えるところにいて、常に助けが必要である。
泣く。

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  1. 2006/09/16(土) 12:27:11|
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面接試験

ついに、高校の通信制の面接の日となりました。

息子が週1日通うのは隣町、自宅からは車で20分の距離だが、本校は母の実家のある町で、自宅からは1時間半から2時間ちかくかかる。
どこでもそうなんだろうが、式典、イベント、などは本校まで行く事になるようだ。

新聞配達を終えて、支度して7時に出ても9時締め切りの受付までギリギリセーフ。ちょうど、通勤時間で車も多くずっと緊張状態の中で「面接の心構え」なんぞをあれこれ。

出掛けに洗面所が黒く汚れていたので、次男に「絵の具の筆か、習字の筆でも洗ったの?」と聞いてみる。息子が「あ!それ・・オレ。ごめん。」黒髪戻しスプレーで、なんかやっとったな(笑)可愛いやっちゃ。
「へえ。で、うまく出来んかった?」
「うん・・ま、じたばたせんことにした。」
じたばた・・したんだなぁ。一回は。

「どうでんいいし!面接なんか」と吐き捨てたあの日の言葉は忘れてやろう。何でもまともに受け取るなといった姉の言葉を思い出した。

前夜から「Gパンはいかんやろう。」といい、一度も着なかった新品の夏の制服(高校)をビニールから出した。
母は、内心オークションで売ってやろうともくろんでいたので
モッタイナイオバケに少し憑かれそうになり、振り払う。

車中で、質問の幾つかを想定して考えさせた。
なぜ高校を辞めたのか。
どうしてこの高校を選択したか。
将来はどうしたいと思っているのか。ブツブツ言っていた。
すごい緊張が伝わってくる。

この答えは、私だってハッッキリ!!聞いてみたいもんだ、と思いつつ一人の世界にいる息子に声もかけず・・

滑り込みで受け付けを終え、息子は一人で会場へ入る。
赤い髪の子供達ばかりが、ちらと目に入る。
うわ~今時まだギャルメイクもいらっしゃる。
こんなとこ(この場面という意味)でメル友作ってくんな・・って言っときゃ良かったかも。

待ち時間は実家に帰った。
一人でのんびり出来そうだったが、年老いた母の留守に、冷蔵庫の掃除を始めたらあっという間の2時間。


「校則に縛られたくない。自宅で勉強したい。」
「父と母の実家があり、馴染み深い土地だし、便利。」
「将来は音楽でやっていきたい。」
「困った時の相談相手は親です。」

質問の答えはこうだったそうで、
「あんた、大人が喜びそうな答えしたね」
「やろ?」・・・でも嘘ついてるわけでもなさそうやね・・
と母は思いつつ、「お父さんに報告してね。待ってるはずよ。」と促す。
マイダーリンの返信は
「お疲れ。お母さんと美味しい物でも食べて気をつけて帰って来なさい。」
ああ、お父さん。よくぞ、言ってくだされた。安い物じゃなくて、「美味しい物」・・・いいんですね。

「母さん。オレ、車で待っとくから食べてきていいよ。疲れたから、スイッチOFFで、人に会いたくないわ。」
なんで私だけがご馳走たべられますか?一人で?

片道2時間、また運転して、食事を作り・・
ひとり夕方から死ぬほど疲れ果てて寝てました。

今日はのんびり。
また明日は、発表とオリエンテーションで同じ一日だ。

いつかはレストラン・・・息子と行く日がくるかしらん。

(付け足し)
夕食時の報告では、席の前には父より年齢が上のおじさんがいて、加齢臭が漂ってきたけど、なんかそれが落ち着いたんだって・・結構、年配の姿があちこちにあり、なんか不思議な感じだったらしい。
カレー好きの次男は「カレーの匂いかぁ・・」と納得していた。

  1. 2006/09/13(水) 10:58:13|
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幼ない頃の記録

長女の時から声の記録を録ってきたのだが、長男のころは、ビデオカメラっちゅうもんが我家にもやってきたので、おもしろがっていろんな記録を残してきた。

長女も長男もある時期、私室でこっそり自分史を振り返る時期があって、全テープを持っていく。ちょうど脱皮のころなんだろうと母は思っている。

その中で「桃太郎」を喋ってもらった記録テープがある。
カメラに向かって
「むかし、むかーし。あるところにおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に・・・」

三人三様・・年齢も話し方も強調するところも違います。
子育てって楽しいなあ・・って懐かしくも感じます。

末息子は、何度「ええっ?もう一回」と聞き返しても
山へ行くのはおばあさん。川へ洗濯はおじいさんです。



次男(末息子)が産まれて半年で私は早朝のパン工場に仕事に行きました。
主人は(脳腫瘍)病後の体調が悪かったり、左半身のマヒがあるため、当時はなかなか収入を得るのが困難でした。
私達夫婦は、母が7時には帰り、皆で朝食、そして長女(中学生)を学校に送り出す事を最優先していました。
子供が学校に行く時間と帰る時間は家にいる・・というのが私の中の子育ての「基本」でした。したがって働くには早朝か、夜しかありませんから、地の利のいいパン屋さんで朝3時間ほど働いたものです。
もちろん、それからまた次の仕事にも行きましたが・・・

次男は、物心ついたころ、目覚めると母はいません。
生後半年とはいえ、母乳一本だったので恋しかった事でしょう。
今でも、私と手が届くところで寝たがります。
私に用があるときにはまだ「お父さん」と先に口走ってしまいます。
返事をしないと「あっ・・お母さん」といいなおします。

上の子2人は、何でもかんでも「ただいま~!お母さんは?」「お母さんはどこ?」・・・一番下は、私を探すときも、呼ぶ時も「お父さん」が先に口からでるようです。

これって、実際のところ笑えないくらい寂しいものです。

まあ、子供好きの普通一般の父親はきっと感じてるかも知んない寂しさでしょうが。
うちの父は「まあ、一人くらいはいいんじゃない」ってホクホクです。
私は・・・う~~ん。さみしいなあ。

保育園の送迎も父でした。
先日、次男いわく、「ボクはお迎えが一番最後で、おもちゃは独り占めだったよ」って話してくれました。が・・なんだかなあ・・・
あの頃、母はいくつ仕事してたっけなあ・・
パン屋、レストラン、ダスキン、・・・

長男が4・5・6年の頃(現在の次男の頃)はどんなんだったかわからないほど忙しかった。成績が良くて、先生にも、お母さん達にも褒められて、何の心配も無かった。忘れ物もしないし、宿題も尋ねた事さえなかった。時間割・明日の準備・提出プリント・朝起きまで、全部を自分だけでしてくれたと思えるほどだ。
そんな息子だったけど、いらいらして叱ったりした事もあった。息子はおよそ反抗的な怒りを私に向ける事は無かった。
うちの中で、私は絶対的な支配者だったんだなあ。

生きていくのに一生懸命だったとはいえ、母を喜ばせようとしていた息子を振り返ると申し訳ない気持ちになる。

あの頃を思うと、今の息子は、なんちゅう甘ったれた生活だろうとも思う。「甘やかしたんじゃない」といわれたが「私が甘えてた」と思う。

世間は見える所で判断するから、同情したり、励ましてくれたり、情状酌量したり、美談にしたりしてくれて、母のポイントはアップするかもしれないが、本当は子供も、共に戦う戦士だったんだと、今更に思う。
感謝してただろうか。
認めてあげてただろうか。
自分ばかりのストレスを並べ立ててはいなかっただろうか。


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  1. 2006/09/11(月) 23:28:45|
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断腸の思い

孔子だか孟子だかの中国のお話。
ずっと前に聞いた時は、いろいろ疑問はあったが、感動もして、記憶にはとどめて置こうと思った。
私の頭の中の消しゴム・・で、忘れるかもしれないので?残しておきたいと思います。



山の中に親子の猿がいた。 マタ猿デス
里から人間が山に来て、その猿に出会った。
あまりに小猿が可愛いので、人間たちはつれて帰ることにした。

小猿は連れられて、舟に乗り、山から里までの川を下っていった。

母猿はその舟を追いかけた。

連れて行かれる我が子の姿を追いかけ、舟の行方をたどり、道なき道を走り続けた。
やがて、舟が里についた頃、母猿は、息絶えて死んでしまった。

母猿の死んだ原因は、
空腹ではなく、疲れでもない・・・
まだひとり立ち出来ない子と引き離される親の思い。
そのストレスから腸がぶつぶつと断ちきれていたのだそうだ。


「断腸の思い」

とは、こんな話から出来たことばらしい。



  1. 2006/09/09(土) 12:20:42|
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雨ニモ負ケテ

雨ニモ負ケテ

風ニモ負ケテ

夏ノ暑サニモ負ケテ


東ニ 頑張ッテル知リ合イガイレバ

アイツスゲエナア ト 驚キ

西ニ 苦シム人ガイテモ

ナニモシナイ


一日ニ 二食ノ大飯ヲ喰ライ

挨拶モソコソコニ献立ニハ関心ヲシメス


腹筋ト腕立テ伏セト父ノ健康商品ニ手ヲ伸バシ

ドンナニマズカロウガ ニガカロウガ

明日ノ身体ニ気ヲ使イ

鏡ニ向カッテファイティングポーズヲトル



黙ッテ一心ニ何カニ向カッテイルカト思エバ

服ガホシイ

靴ガホシイ

免許ガホシイ

バイクがホシイ



一日に

洗濯物ノ取リイレト

夕食マエノ流シノアライモノト

米ヲトギ シカケルコト ヲ果タシ


ドラムヲタタキ

髪型ニコダワリ

ボロボロシャツデモヘイキデイル


ソウイウ息子ガ


昼マデ寝テイル






  1. 2006/09/09(土) 09:44:28|
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鬼ごっこ

運動会の練習が始まった次男は
足が遅いのを気にしてか、帰宅後、うちの回りを一人で走ってるらしい。
今年の気に仕方は、例年よりちょっと深刻みたいだ。

長女はもとからまあ速い方、長男は普通だったが、小6から中2でグンと能力アップした。
次男は幼稚園時代から、走るのが遅く、ほとんどビリ。でもへっちゃらでしたから、走るスタイルがかっこいいと(イヤホントニ)いう所で、あまり誰も「大した事じゃない」と話題にもしてませんでした。

最近は、なにかと気にしだして、年頃かなあ・・とか、10代に入ったし、ちょっと変わっていくかもね~って家族で話したりもしてました。


先日は泣きべそをかいて帰ってきた。
鬼ごっこをしたが、皆がボクばかり狙うんだとか・・まあそういうゲームだよなあ。ボクはなかなか捕まえる事が出来んから一度鬼になると、ずっと鬼なんだそうで(アハハ)さめざめと話している。
やっと、捕まえかけた子がギリギリで「トイレタイム!」と言って逃げたらしい。はあ?要領のいいやっちゃなあ。
「そんなんずるい!」と怒って抜け、家にちかずくと涙になり、今に至ったわけだ。ボクはいつもこうやって「イジメ」られている、と言う。

「ずるい。」と相手に言ったか・・それでよし。
さて、この問題をどう扱うか・・私も3人目だと余裕あるなあ。でも、これが正しい方法なんていうのが、あるもんなんだろうか?「人は一人一人違う」この原則は子育てに間違いない法則なんてないってことじゃなかろうか。とりあえず、母が解決してやるっていうやりかたが間違っていた事は、学習済みでしたから、ただ、聞いて、あいずちを打ちながら、子供の世界を眺めていた。

「そんなのずるいわね。」「それが出来るなら、あんたも使ったらよかったね。」「3回までやもん。」・・そうだよなあ、そういうもんだ。全部使っちゃってるかどーかはこの際、聞いても仕方ない。

子供は遊びの中で、個性や、能力や、性格をこすりあわせながら、それぞれのポジションをきめていくんだろうな。ボランティアじゃなく、レクリェーションでもなく、ある場合、子供にとっては本気の椅子取り合戦だろう。男の子は、特にそうかもしれない。

話を聴いている途中で、次男が結論に至った。
「もう絶対鬼ごっこはしない。遊ぶけど、鬼ごっこになったら抜ける。」そして、涙をぐぐとふき、一人ゲームをはじめた。

苦手ならしない。
これを体育会系で扱うなら「逃げるな」だろうか?「負けるな。戦え。克服しろ。力をつけろ。」「根性無し!」

ピンポーンとチャイムがなった。



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  1. 2006/09/06(水) 11:41:46|
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チビ猿物語(集団心理編)

小猿達は、前日の夜から活動を始めた。
ソメのうちに泊まるために、こっそりうちを抜け出す子。
公園で野宿する子等。焚き火で暖をとる子。

それぞれが事前の計画にしたがって「もちよる」。
小猿たちは、食料を、蓄えた物の中から、少しずつ揃え、無い子らは調達する事になる。
ソメの調達行動に、ついて行けない恐れを感じながら、誰も止めようとする者はいない。手馴れた計画と実行役、見張り役。傍観する役?。
黙って見過ごす事は同罪だと、誰もが知っていた。
それは「皆ですれば怖くない」集団心理だった。


すべての準備が整うと、それぞれが別の親しい仲間を呼び出し、10匹以上に膨れ上がった彼らは、白昼堂々「結束会」を始めた。

それから、仲間になった小猿たちの一団は、山で、集団で遊ぶ姿を誰もが見かけるようになる。
そしてまた、ソメだけは姿を出さなくなった。

すべての事件が明らかになる時が来て、小猿達の行動すべてが関係した皆んなと、その親猿たちの揃うところで明らかにされた。

モンも、キチも、ドラも、彼らの仲間の小猿たちも、そしてソメも
「ジュニア猿に対抗する為」という名目のもとに集まりあい、悪行、問題行動を起こした。
集団心理の波に飲まれることの恐ろしさ。

幼い心がさみしいときには、
誰かといつまでもいたい時には、
一緒に行動する事で、密かな罪を共有する事で
満たされたいと思うのだろうか。


  1. 2006/09/04(月) 15:33:24|
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息子:高校の文化祭へ行くの巻

昼前に起きてきた息子が
「今から行って、間に合うかなぁ・・」とか言い出した。
バンド仲間の文化祭に顔を出す約束をしていた。

私はPCに突っ込んでいた頭を抜き出して、顔は準備できている事を思い出す。
せっかく行く気になったので、11時半に車で駆けつけた。
何に間に合わなくても「バンド仲間」との約束は果たすのが大切・・
車の中で息子と話しながら、「携帯に誘いなんか入ったかも?」とよぎる。
直接は聞いても言わないだろうな、もし女の誘いメールなら。

体育館からは、音楽が流れ出していて、ドラムの音や歓声が聞こえていた。入り口で偶然であったベースギター担当の子が、嬉しそうな顔で息子をメンバーの中に引っ張っていった。彼らはラストらしい。

母の役目は終わる。

校舎を眺めてみたくなり、展示物などのある所まで、渡り廊下を歩く。息子が行きたいと言って目標にしていた高校。決して、無理ではなかった夢だった。中二のあの時まで、この高校一本で、あの子は頑張ってたんだ。
焼きそば200円の小銭がなく、困っていたら、女の子が「あたしが行きます。」とささっと両替に走り出してくれた。体育館でラストのバンド演奏を見に来た事を話すと、「去年もすごく盛り上がったからあたしも楽しみなんです!」と言って、ニコニコした。とってもまぶしい笑顔
またまた、女子高生全員が「淫乱」だと見るサングラスをはずす事にした。白か黒に分類するわるいくせです。




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  1. 2006/09/02(土) 12:30:02|
  2. ドラム息子|
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チビ猿物語(登場人物編)

ある山にチビ猿達がいました。
モンとキチとドラは一日違いで産まれた、やんちゃなオス達・・3チビの母達はそれぞれを個性豊かに育てていきました。

モンは、オスばかりの末っ子で、小さいながら奇想天外な面白さがあり、仲間たちにいつも囲まれたリーダー格です。知的能力は定かではないが、体力があり、まあ、大人たちが顔をしかめるような事をしでかすのもこのグループだった。悪いけど、でも憎めない奴です。

キチは、これまたオスばっかりの真ん中。心優しいが、社交性がたたって、お調子者。大人猿からはちょっと信用できない軽さがあった。キチの母猿が他のメス猿とトラブルが耐えないのだが、そんな母を助けていく事に心を割いていた。いい奴なんだけど、信用できない奴です。

ドラは、こだわりの強いクールなやつ。群れを成すのが嫌いで、繊細なためにその神経質な一面が、扱いにくい山一番の変わり者のチビだった。頼まれたら嫌と言えない奴だけど、自分からは買って出ない奴でした。

さて、チビ猿達の山デビューの頃になりました。
モンの母とキチの母は、相次ぐ喧嘩やトラブルで、モンとキチを「絶交」させてしまいました。
モンは仲間を誘導し、キチをのけ者にし、キチはいつもドラの棲家へやってきます。

山のチビ猿の中で一等賞になったモンは、やりたい放題でした。

えさ場では弱い者いじめ・・そして不当な横取り。見かねてボス猿に制裁を受け、ついにモンには誰もついてこなくなったのです。

そんな頃、
隣の、またその隣の山から、有名な流れ者のチビがやってきました。
名前はソメ。ソメは虐待の中で育ち、大人の猿を、根っから信用していませんでした。
誰も彼の心に達する事は無く、孤独で、寂しがりやです。どの山も統括しているレーダーで絶えず監視がついているチビでした。

ソメはその山で、ひとりぼっちのモンを見つけました。
同じ匂いのする、ソメとモンは、ひとりぼっちからふたりぼっちへ。モンは、山のいろんな案内や紹介をしていくうち、山で一世代うえの、ジュニア猿に目をつけられる事になっていったのです。

次回へ続きます。

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  1. 2006/09/01(金) 15:46:57|
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