おかえりなさい  

泣きたくなったらおうちへ帰ろう。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

青春だけど清純か?

呆れて物が言えない。
情けなくて、落ち込む。

息子はたった一ヶ月行った高校で、数人のメルトモを作って退学した。
男もいるが、女がいないはずはなかった。
携帯電話の請求が4万を超えた6月には、AUに明細を送付してもらって認めさせた。それまで身に覚えが無いと言い張った。
さすがにしばらく払わないでいて「懲らしめ」たがそれには甘んじて従った。生活費はしわよせだ。
はあん。特定の彼女がいるなあ・・とわかる。

外出しない息子がライブハウスに行きたいと言った。
精米所のバイトでお小ずかいはあるし、父が送っていくことになった。
事後報告で、女の子の家まで迎えに行き、ライブが終わってまた父が連れに行くと、女の子の家まで送ってかえったそうな。
父の様子じゃ、デートの足になったことを怒ってるふうでもなく、先方のお母さんが出てきて、ご挨拶があったというから
まあ、特に印象悪くもないし、先方の親も高校行ってない子とつきあうなんてさぞかし心配だろうなあ・・我が娘の高校の時なんか絶対許さなかったろうなあ・・と思ってた。
親の協力に、気を良くして息子は時々「彼女」の情報を何気にもらす。
母は内心意地悪く「今までのよりマシ」「・・また次女。次女にもてるやわい男」「来る者は拒まず」なんて姑根性もあり、泉ピン子に変身して顔も見ないで聞いていた。

続きを読む→
スポンサーサイト
  1. 2006/08/30(水) 14:13:41|
  2. 「学校すかん」長男|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:6

今は黙る時

毎週月曜日はドラムレッスンの日。
ファッションをONにした息子と車で30分の貴重な時間です。
いつもはゴムで結んだ前髪も、アイロンなどあてて、気合入ってます。
(最近のF4のヴァネス・ウーだな、と密かに母は。)
レッスンが終わると、本屋でひと時の憩い中の母のもとに「終了」メールが入る。
帰り道は、今日の宿題のリズムを刻んでいる。
小さい頃から“貧乏ゆすり”止めなかったから案外役に立ってる・・。

今日は、ドラムの先生に「10代のバンドのコンテストがあるから、目標もってやってみろって言われた」と言う。
「そしたら福岡まで行けるみたいやし。」

高揚している話に「へえ。楽しみやね。」といいつつ、「通信は自主学習だよね。」と今の話には関係ないことが頭をよぎる。
息子「ティーンズコンテストって聞いた事あった?」
母「いやないよ。」なぜだか水を差したい心境になる。
息子「髪、染めようかな。薬局寄って・・。」
母「もう少し待ちなさい。通信の面接終わってからでも遅く無いやろ。」
息子「なんやそれ。そんなんカンケーねえから通信にしたっちゃろ。どうでんいいし面接なんか・・・。」
母「
沈黙が続く事・・・しばし。
どうでんいいって、どういう事?世間に今の自分で受け入れてもらえるとたかくくってんの?校則無しだって人格は見るんだよ。はあ、あきれた。こんなんじゃ合格したって、先が思いやられる。
これ全部、沈黙の中でしゃべった。口から出したら、噴出すだろう。
すべてが水の泡になる。痛みを生じさせる言葉は怒りを引き起こす。
そう、この子の人生だ。私が知った事か・・・!




続きを読む→
  1. 2006/08/28(月) 22:29:23|
  2. 「学校すかん」長男|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:10

お泊り顔合わせ

息子のバンドのメンバーから「お泊り顔合わせ」という誘いがあって、
ばたばたと準備し、夕方から、姉と一緒に出て行った。
初めての対面で、そのまま泊まる?大丈夫?

心配とは裏腹に、なんだかゆっくりまったり夜を過ごした。
息子が自分の世界だけじゃなく、外の風に当たりに出て行った事を一歩前進・・としよう。
昼間、高校の通信課程の後期受付が始まった事をいうと、息子は手続きをして欲しいと言ってきた。その資料請求の封書をみて、父は拍手をした。

やっぱり、高校行って欲しいんだよね。お父さんだって。

「なんかお父さんに言わんの?」
「ああ通信にぃ行こうと思ってますのでぇお願いしや~す。」
「よし!」
今度こそは・・・と願いつつポストに投函した。




続きを読む→
  1. 2006/08/26(土) 11:35:31|
  2. ドラム息子|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

私の夏休み

夏休みの思い出は、じいちゃんがやってた『海の家』。
沖合いは太平洋で、漁船が行き来する入り江にあった。
直ぐそばを国道10号線が走っていて、自分ちの「トトロ海岸通」バス停から2つ目の「トトロ海水浴場」には水着のまま歩いた。
(ジムリが喜びそうな名前です)

小学校低学年ぐらいだろうか・・シャワー室の前に腰掛けて「1人10円」と書かれた箱の前に座り、色とりどりの水着の人の出入りをジーッとながめていた私がいた。当時はビキニなんて見るとドキドキしていた。

ある時はカキ氷をテーブルに運んだ。
家族連れやアベックやビーチサンダル・・砂のついた浮き袋やバスタオルの上に寝かされた赤ん坊。
そんなものをすり抜けながら、真っ赤な氷蜜をかけ、白砂糖をかけたじいちゃんのごっつい手から、カキ氷を受け取り、せっせと運ぶ。
クーラーもない、海風が通りぬける「せんりや」という海の家。

働かされた、という記憶でもない。
楽しくて仕方ない、という感覚も無い。
させてと頼んだのか、運んでと頼まれたのかももう今は確かめる事も出来ない。おこずかいなんてもちろんない。

ある朝は1人で泳いだ。誰もいない海・・・そのはず早朝だから。
飛び込み台も独占。黒いゴムチュウブの浮き輪もじいちゃんの物はタダ。太陽が高くなると人が溢れ出し、また、シャワーの番。

そうやって過ごした夏が何回だったかも覚えていない。
そこにいる私は、ニコニコ笑ってもいない。
べちゃくちゃしゃべりもしない。

3年生になって夏休みの心得を先生が話された。初めて10時まで外出禁止と聞いて驚いた。隣の席の子に
「今年から、初めてやね。」と耳打ちしたら
「なんいいよっと?お兄ちゃんの頃からずっとやが。」と言われた。
あまり、回りの決まりごと、知らなかった。
 夏休み前には「東映まんが祭り」の映画の割引券が配られる。
「ねえ。これ見に行かん?」と聞くとたいていは
「帰ってお母さんに聞いてみるね。」と返ってきた。
私にとってその返事は不思議な感じだった。親に許可もらうんだ・・

夏が終わって、海の家は軒並み閉店する。跡形も無くたたまれる。
それでも、ゆきちゃんを誘って泳ぎに行った。
8月31日をもって海が遊泳禁止なんて彼女も知らなかったに違いない。

秋の海はあったかい事、身をもって学んだ。
あったかくて、静かで、温泉気分。
そして、海から上がれなくなる。
秋の空気は冷たくて、砂浜のうえに置き去りのタオルには秋風が砂をかぶせていた。
寒くて寒くて、出たり入ったり・・・・

でもそんな時の私が女子高生みたいにキャアキャアと笑ってた記憶が無い。

私は何をしても自由で、誰にも干渉された事が無い子供だった。
「よくぐれなかったね。」
と誰かに言われたが、親には信用されているようなつながりがあった。
その頃は寂しさを感じた事がなく、大人になってから
「さみしかっただろうなあ」って自分に同情した。
だけどその時寂しくなけりゃ、きっとそれで良かったんだ。

出張の多い父が、なぜか好きだった。
私だけに選んで買ってくる本と、寝る時に話してくれる作り話の、主人公の名前がちょっと私の名前をもじっていたから、幸せを感じていた気がする。父のフトコロで寝た記憶。
母は障害をもつ兄に必死?だったから、私がどうして大きくなったか覚えていない、と言う。
写真も兄に比べるとはるかに少ない。赤ちゃんの頃は2,3枚。

トトロ海水浴場で過ごす夏休みは、静かな記憶になっている。
じいちゃんとの会話は全くおぼえていなく、大工仕事でならしたごっつい手と白いランニング。黙って、熱々のとうもろこしを差し出す腕。
あんな時間が私をゆっくりと育ててくれて、今では宝物です。

あの時間、空間を自分の子供達に体験させてあげる事ができるなら。

こまぎれの時間の中で、宿題・お風呂・やれゲームはあと何分、部屋かたずけて、プリントなおしなさい、夏休みはあと何日とか張り出して、追い立てているのは、誰の為だろう。

夏休みももう直ぐ終わり、川に行く約束は台風に流されていった。
私の好きな海は、この町にはなく、実家に帰ってもトトロ海水浴場は汚染で無くなり、整地され、サッカー場になった。
かつての私の2階部屋から遠く、あの入り江が見えるが、この夏はそれすらみていない。

このトンネルぬけたら、あの頃みたいに世間のルールを気にしない自分になって、夏休みがほしいなあ。

  1. 2006/08/25(金) 14:51:31|
  2. 楽我記|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

なんてったって高校?

ブログを通して、いろんな人を知った。
子供とがっちり向き合ったり、あるときは肩を並べたりしながら母親が頑張っている。涙が出るような毎日を送っていたりする。
前向きに、明るく、子供と寄り添っている。

私自身はパニック状態だった頃と比べて、少し平安だしケセラセラムードになってる。でも、このままでいいと思ってはいない。私はどうしたいんだろうか。

息子は今時、どこにでも居る”高校中退者”である。
世間には中卒で生きる道を見つけて、「普通」に人間として立派に暮らしている人が大勢居る。
夏休みが終わると、世間はまた動き始める。姉も父もいつもの日常にもどっているし、やがて弟も宿題や作品に大騒ぎをしながら、小学生を続けていくでしょう。
息子は?
息子の”次”の事は息子が決めること。
息子が動かないと、どうして私も動けないのか・・・ジレンマ。

「単位制の高校に、通信でももちろんいい・・行って欲しい。」
ああああ・・・これがやっぱり本音です。白状しますが、貴重なこの若い時期に、どうか頼むから、なんとか高校卒業の「紙切れ」を手にしてよ!!!!と言いたい。

「お母さんの為に」      はははははすみません
「あなたの為なのよ。」なんて言えませんよね。マジ。

続きを読む→
  1. 2006/08/23(水) 10:12:56|
  2. 「学校すかん」長男|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

外泊

息子は結構神経質で、外泊はほとんどなかった。
雑魚寝や他人の家だからと言うのではなく、母の予想では、おそらく寝相やいびきや歯ぎしり・・・みたいな無意識下での無防備な自分をみられたくないのだろう。(静かに眠る子ではあるのだが)気にしい・・・だから。
中学を卒業すると、高校で散った友達が、数人だれそれのうちで集まって、遊び始めた。
息子も毎日が自宅待機みたいなもんですから、誘われると、生き返ったような顔ででかける。ある時、「泊まるから」と連絡をくれた。
次の日、帰ると死んだような顔に変貌しており、まる一日爆睡する。一晩中起きていて寝ないんだそうで、友達にも呆れられてる様子。

ところで、です。





続きを読む→
  1. 2006/08/21(月) 09:41:40|
  2. 楽我記|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

明日への希望・・信じるものは痩せられる

コレステロールがここ数年、基準値をこえていた。
娘の「反乱」と息子の「変貌」と次男の「異次元空想旅行」が大きく原因していると、密かに決めていた。
「経過観察」・・・当局からの指示は3年続く。

今年あたりから「更年期症候群」が加わってきた模様で、ついに
6月に「要検査」の通知・・・指示はステップアップした。
こしゃくにも「高脂血症」の疑いまでもたれたらしい。

本気でダイエット計画を立てるも、もう信用がない。
風邪だろうが、熱だろうが、給料前だろうが、こよなくビールを愛する限り、家族の前に「痩せたお母さん」は夢のまた夢にちがいない。一家団欒にはビールはかかせない!(と、思いませんか)

精米所のバイトあたりから「杜仲茶」を飲み始めた。
これならビール飲んでも、普通に食事してもいい・・・とは夢のような話じゃあ~りませんか。
今までいろいろ飲んだけど、たいした事無かった。
たかだかお茶飲んで痩せるなら、苦労は無い。
気休めだ・・と思いながらも、TV番組の広告効果に踊らされてもいい、とりあえず朝昼晩飲み続けた。濃い煎じ茶を1日1~1.5L位。

3週間後、循環器の病院で検査をうけた。
なんと、コレステロール値は正常になっていた。
そのうえ善玉コレステロールが高いので「心配なし」とのお言葉。
「なにかされましたか?」
私はどこかでカメラが回ってないかと内心にやつきながら
「はい。杜仲茶で・・・」
だってそれ以外には何もしていない。
ちなみに
体重の変化は無し
これを期待するのは「強欲」というものではないでしょうか。

以来、家族は私の煎じたお茶を我さきの取り合いです。
さらに効果が期待できるか?!

  1. 2006/08/16(水) 15:33:07|
  2. 痩せる;考|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

ドラム発表会

ついにドラムの発表会の日がきた。
劇場の小ホールのでリハーサル・・・そして本番。

息子がボサノヴァのリズムを刻んでる間に
それまでの事が頭を駆け巡った。

初めてドラムの先生宅へ向かう日、不登校2ヶ月目。
友人の誘いを断って車に乗ってきた。
車中で・・・・無言。暗い顔。
「お母さん。警察から電話やらかかってない?」はあああ?警察から電話がある予定かい?
ズウウウウンと気持ちが落ちていく
「なんで?」
「いや。ないならいいけど。」
その日、
学校に行かず、赤い髪の、眉の無い、暗い表情の、見るからに「普通じゃない子」を若い先生は何の偏見もなく受け入れてくれた。それから中古ドラムを買うまでは、枕をたたきながら練習・・・宿題をクリアすると先生はほめてくれた。ドラムが届くと、床は傷だらけに、でも階下で母は、息子が練習しているのを聞いて、どれほど安心したことでしょう。
自室で何をしているのか、外の世界を遮断して「孤独」に落ちていくのをみるのはホント辛いものです。それも貴重な大人になるための時間ですが、当時は自暴自棄になっていたのです。
ドラムの練習は突然はじめ、突然終わり、ときに穏やか、ときに激しく、事件が起こる度に気持ちが伝わってきた。

ドラムと平行していろいろあったなあ。
警察にも・・・父と2人で迎えに行きました。補導されて。

発表会の夜、先生がメールをくれた。
「○○はきっともっとうまくなります。1から教えた○○が可愛いです。」
先生のお母さんのよるとビデオを何回も聴きかえしていたらしい。
未熟さはド素人の私でも分かるが、褒めることは人を動かしていく。
先生のバンドにはメジャーデビューの話があります。
そうしたら(東京に行かれたら)息子はどうするだろう。

あああいかんいかん・・・これがいけないんですよね。
先回りしない。
息子が考える事を私が先回りして口にしない事。

そして、また先生の「ほめすぎ」で調子に乗った息子はいっそうドラムに励んでおります。

ps.高校・・・どうするかまだ何もいいません。「忍」の字です。




  1. 2006/08/14(月) 21:26:08|
  2. ドラム息子|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

夏休み・・・あと半分

宿題を後回しにしている次男が、夏休みはいつまで?と聞く。
今月いっぱいと答える。しっかりしてよ~。
長男に私の気持ちの大半が向いている為、悪いなあと思いながら次男はほって居る事が多い。
9時も過ぎた頃、花火の音がし始めた
夏祭りは隣の団地の公民館&駐車場広場から、数年前に団地の坂を下った川べりへと変わった。
2階から見えていた花火も、少し歩き、人ごみの中で見る事になる。
母は、ここのところ誰にも会わず、昼は仕事に、夜はひたすらパソコンと格闘しているが、次男は・・・ゲームと漫画と・・・・??
「花火?行きたい?」と聞くと「どっちでもいい」という。

「じゃ、行こう。」
「自転車に乗って行ってもいい?」嬉々としていた。

バックに缶ビールをしのばせて、2人で出掛けた。
次男の自転車のライトは?点かない。ずっと前に言ったよ、と言う。
会場までの道のりもところどころの電灯がきれていたせいか、暗く、不安な気持ちがついて来た。
祭りの提灯やアセチレンの光や屋台のライトに照らされると、皆に注目されているようなスポットライトのなかにさらされたような気がする。

「お母さん、お金もってきた?たくさん?」
「ヨーヨーと綿菓子とカキ氷のメロン味・・・いい?」
物じゃなく時間を与える事が大事な事だと分かっていても、喜ぶ顔を一番早く見る方法は、やっぱり「物」なんだろうか?
次男の気持ちが高揚しているのが嬉しかった。

カキ氷を食べる薄暗がりで、私も座ってビールを飲んだ。

案の定、長男の同級生の集団や父兄が見える。
一人の母親が話しかけてくる。嫌味のない、昔からの知り合いで、子供の重病と障害に明るく頑張っている方だった。
「元気にしてるの?」
「教育委員会や学校に怒鳴り込んでやればよかったね!」
「弟さん、お兄ちゃんに似てきたね~。」
またまた次男の前にお兄ちゃんの話題で、はああ・・・と思う。
長話にはならずに終わった。

次男はシャカシャカと氷を砕きながら
「花火終わったら、もう帰ってもいいよ。店も終わってるし。」

夏休みの半分は
兄と母の精米所のバイトと、兄のドラム発表会で我家は大忙しだった。
(私の気持ちがいっぱいいっぱいだっただけかも)
あとの半分は
次男の笑顔を確かめながら、過ごしたい。
宿題・・・怒らずに、冷静に。



  1. 2006/08/13(日) 08:51:36|
  2. ノビ太癒し系|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

心の傷

「登校拒否研究室」より
心に傷があってもよい
 心に傷を受けないで一生を終わられる人は殆どないと思います。
それでいて多くの人は一生を無事に終えています。心に傷を持っていないかのように生きることができます。心の傷を持っていても、その傷に触れられることが無ければ、その心の傷が疼かなければ、心の傷は疼くこともなく、全く心に傷が無い人のように生きていくことができています。
 心の傷は一端できてしまうと、その心の傷を完全に治すことは大変に難しいです。カウンセラーが医師が心の傷の治療にあたっていますが、多くの場合思わしい効果を得られていません。
 
学校生活の中で多くの子供達が心を傷つけられて、苦しんでいます。
心の傷に触れる物が無いところでは疼かないで、極普通の子供として生活ができています。
親としては心が傷ついた子供の心を治して、学校生活に戻って欲しいと思うことは良くわかるのですが、学校生活の中で子供の心の傷に触れる物が有る限り、その子供には学校生活がとても辛いのです。その結果いろいろな病的な症状を出したり、自殺をしてしまう子供も出てきます。
 
子供の心に傷を付けない方が良いに決まっています。しかし心を傷つけられてしまった子供は、心の傷が疼かない環境の中で育てばよいのです。心の傷の疼き方は子供一人一人によって異なります。
子供の心の傷の疼かない環境を作れるのはその親だけです。親が家庭の中に子供心の傷が疼かない環境を作れば、子供は元気に育っていきます。


続きを読む→
  1. 2006/08/10(木) 09:31:11|
  2. 「学校すかん」長男|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:1

13歳と部活動の位置

中学校に入り、誰もが当然のように「部活動」にはいる。

 喘息もあり、あまり体力に自信のない子にはほとんどが新人みたいな「テニス部」ならやれそう、と決めた。顧問も男女かけ持ちだし適当に楽しく放課後をおくれれば・・・程度の位置だった。

その年、母よりひとつ年上の国体まで行った女先生が転任してこられた。
男子テニス部の担当を希望されたらしく、息子と同じ年の男の子を持っていた。(同じ世代、同じ母親として親近感をもった)

2、3年生の指導を集中的にしていた間は、1年の息子も順調に実力をつけていった。先生の注目度も半分だったからかもしれない。
遠征や対校試合が頻繁に計画され、1年生も応援として絶対参加の為、土日の家族の計画は全くたたなかった。
秋あたりから、夕方帰宅すると軽食をかきこんでは運動公園での自主練が始まった。帰宅は10時・・・就寝は12時を過ぎた。
子供達が来年のレギュラーの座を取るために、いやホントに戦いあうスポーツが好きな子だって居たと思う。母達はその熱心さを有難がっていた。「どうせ勉強はせんからいいのよ。」と。
最初のうち、とっても嫌がり「そこまでせんでいいわ!!」といっていた息子もあせりを感じたのか・・またはチームワークの為か2回に1回は参加するようになった。
女子テニス顧問の男先生が
「スポンジみたいに吸収してどんどん上手くなっていきますわ~」と教えてくださった。
マラソン大会、体育祭、たくましく変わっていく息子に、期待した。

家庭のリズムは「テニス部」に支配されていく・・不安はあった。
中学生だけで夜のコートにいる事に関して心配で、かわるがわる当番もした。送り迎えは当然だった。
「自主的にやってる事ですから・・」と先生は学校外活動としてノータッチだが、参加者のチェックはしていたらしい。
やる気を見せるのも「ポイントアップ」だと子供達さえ思っていた。



続きを読む→
  1. 2006/08/09(水) 10:02:18|
  2. 「学校すかん」長男|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

なんとかして・・・と言われたが

引越しに、置いてきぼりにされた母猫が子猫を生みました。
隣の家に住む男子中学生が朝晩世話をして、
ようやくミルクから離れ
そして、我家にもらわれてきたエルモ


続きを読む→
  1. 2006/08/08(火) 07:34:49|
  2. 楽我記|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:1

杜仲茶の効果?は

内臓脂肪が落ちる・・と某TV番組で見てから
さっそく煎じて飲み始めた。
精米所にも持参して、がぶがぶ飲んでいます。
1週間目で期待を胸に体重計へ。

まったく変化なし。

まずは、内臓脂肪から溶け出しているのだろうか。
誰も知らない。


  1. 2006/08/06(日) 19:49:35|
  2. 痩せる;考|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

東に住む人は幸せ

朝焼け

東に住む人は
幸せ
産まれたばかりの
太陽を
一番先に見つける事が
できるから



続きを読む→
  1. 2006/08/03(木) 21:01:35|
  2. 楽我記|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

家族の夕食風景

母と二太郎は
くたくたで精米所から帰ってくる。

まかないで昼食夕食まで出るから、本当はすごく助かる。
でも2日間、二太郎の様子をみていると
ご飯粒を4,5粒」ずつ口へ運ぶ。
まずそうにふてくされている。

あんたさっきまで、「腹減った。」って合図送ってたじゃん!!
無理やり食べさせられてる感じじゃ食べれん。家に帰ってからゆっくり食べたいっつよ。

今日は分けていただいて持って帰った。
いつものように5人揃ってわいわいと食べる。

そうだね。
学校行かなくなって、
母が最初にこだわって、守り続けた、全員で食事。
砂をかむような時も、気まずい時も
一緒に食べたよね。
部活優先になって失っていたこの時間を最初に取り戻したかった。
気持ちボロボロになって、学校行かない時、荒れて戦闘モード顔でいたあの頃、帰ってきた息子に
「おかえりなさい」の時間だった。
 
大人に混じって一人前の労働をする姿に母は感動しています。
身体は大人。
心は・・・・


  1. 2006/08/02(水) 20:42:18|
  2. 楽我記|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:4

夢見る夢男くん

末息子は
空想癖があるようだ。
皆で話している途中に全然関係ない質問をぶつけてくる。
人の会話を聞いていないという証拠だし
質問内容もぶっ飛んでいるから
兄、姉にも顰蹙(ひんしゅく)をかう。
時々、
「お母さん、ボク、一人の世界に入るから邪魔せんでね。」
といい、こもって手のひらサイズのおもちゃで遊んでいたりする。
私たちのやってた
おままごと、お人形遊び・・・みたいにしゃべっている。
普通の事なのかもしれない。
でも長女はそんな姿をみせなかったし
長男もブロロロロ!とかバシッツ!キィーィン!グェッツ!の世界だった。
末息子は将来、忍者になるといい、壁走りがどうだの水中呼吸はどうだのと説明にはつばきを飛ばす勢い。
4コマ漫画を描いているが、意味不明。ハハッ
起承転結はなんとか理解しているみたいだが・・・・・

長編の時、最後は Happy End 
主役はたいてい星のカービー。

iいつだったか個人面談で先生に
「授業中に時々違う世界にいってます。」と言われた。
「○○君!?」と言うと
「ごめんなさい!!!」
といって現実世界に戻ってくるそうな。

心配は尽きない。
でも家族を笑わせてくれるんで
お兄もお姉も大好きで、大切な存在・・・
なーんだけど
手のかけなさは「捨て子状態」だと反省してます。

これから10代に入ります。
少し怖いなあ・・・って思ってます。
なんなんでしょうね、ほんと、自信がなくなっちゃって。

私が長男でいっぱいいっぱいでいるから
こんなんかなあ。
・・・いやいや、個性かなあ。

NO.1 にならなくてもいい
もともと特別な ONLY ONE
 
次男はそのままでいて欲しいなあ。
さなぎが成長して、現われたら・・・・・






  1. 2006/08/01(火) 22:26:27|
  2. ノビ太癒し系|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

肉体労働

日本一早い「超早場米」の刈り入れ&精米が始まって
私と二太郎とでバイトに行った。
去年中三の夏休みは、1日でリタイヤ。
今年は、高校辞めたときから
「夏は精米所で働く。そして終わってから、将来について考える。」
と里程標を表明していた。

大型乾燥機から流れてくる玄米を、30㎏(1俵)づつ袋詰め。
運び、積み上げ出荷する作業。
(あ、私は違います。

「朝、何時に起こそうか?」
「大丈夫。自分で起きるが」その通りに6時に起床。
いつもは絶対的にお昼12時過ぎまで寝ています。

タオルを頭にキムタク巻きして、入学したのに一度も履かなかった高校のグランドシューズ。去年とは違う意気込みを感じた。
本日1日目。
農大のおしゃれなそして純朴な19~20才のバイト生、数人で
黙々と働く汗だらけの二太郎。
その壁を取り壊し、人生のちょっと先いくお兄さん達から
何かしら考えを刺激して欲しい。

帰ってから、入浴してからドラムを叩く。
今日は、健全な「夜の睡眠」が包んでくれるでしょう。
私も
格別、おいしい。

おやすみなさい。
明日もね。



  1. 2006/08/01(火) 00:14:27|
  2. 楽我記|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。